半導体のオリンピックと称される国際学会「ISSCC:International Solid-State Circuits Conference」の第70回大会(ISSCC 2023)が2023年2月19~23日(米国時間)に米カリフォルニア州サンフランシスコで開催される。常連の米IBMの採択論文*1がたった1件しかないなど、顔ぶれに大きな変化があった。その背景には半導体をめぐる米中摩擦があり、米国政府と産業界の齟齬(そご)が影を落としたと言えよう。
ISSCCは半導体業界で最も重要な学会の1つであり、(1)他の学会と比べて産業界の採択論文が多い、(2)米国の採択論文が多い、という特徴があった。ところが、今回のISSCCでは、この傾向に大きな変化があった。すなわち、米国企業の採択論文が大幅に減り、反対に中国大学の採択論文が大幅に増えた。具体的には、冒頭で紹介したように、IBMは前回のISSCC 2022では5件の論文が採択されたが*2、今年はわずか1件になってしまった。米Intel(インテル)も10件から6件に減った。一方で、中国大学の論文は採択数が多かった。例えば、マカオ大学(University of Macau)の採択論文数は15件で、ISSCC 2023で最も多い(図1)。13件の清華大学(Tsinghua University)がそれに続く。
ISSCC極東委員会によれば、中国大学の採択論文が増えたのは、投稿論文数は以前と同じだが、今回、採択率が上がったためだという。一方、米国企業の論文が減ったのは、採択率は以前と同じだが、投稿論文数が減少したためだとする。こうした採択論文数の変化の背景には、米中対立があると推測される。つまり、質の高い論文を提出できる研究者が米国から中国に移ったとみるのが自然である。
米国政府は中国が先端半導体を入手したり、製造したりすることが難しくなるように様々な圧力をかけている。例えば、トランプ政権は2020年に米国民の雇用を守るという理由で、専門職が米国で就労するために必要なH1-Bビザの審査を厳格化した。
米国の半導体メーカーのエンジニアは中国系やインド系が多く、米国半導体業団体のSIA(Semiconductor Industry Association:米国半導体工業会)はこの審査厳格化に反対したが、聞き入れられなかった。新型コロナウイルスによって移動が制限された事情もあろうが、審査厳格化の影響は大きく、2018年から伸びていたH1-Bビザの発給数は2021年に減少した(図2)。米国政府が中国エンジニアの入国を絞っている一方で、国家計画「中国製造2025」を掲げる中国では半導体産業育成に向け、国や地方政府が様々な措置を行っている。例えば、半導体研究に奨励金が出る。これを基に、大学や研究機関において経験を積んだエンジニアには優遇措置が設けられている。米国でなく中国で活躍したいというエンジニアが増えるのは自然の流れといえる。
Samsungが首位守るも、採択論文数は半減
ISSCC 2023において採択論文が最も多かった企業は、前回のISSCC 2022に続き韓国Samsung Electronics(サムスン電子)である(図3)。採択論文数は9件と、首位は守ったものの前回の17件の約半分に減少した。メモリーの採択論文が3件と多いことに加えて、例年通りに幅広い分野で論文が採択されており、Samsungの強さを象徴している(図4)。