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 基本技術が確立しているように見える定番商品でも、メーカーにとって改良の余地や懸案が残っている場合がある。限られた設計期間の中で、歴代の設計担当者が分かっていても解決に着手できなかった、意外にしぶとい問題だ。それでいて設計者が世代交代すると、新任設計者は実務を学んで経験を積むのに忙しく、懸案の解決はますます遠のく。

 カシオ計算機の定番商品となっている電卓にも、改良の余地は残っていた。その1つを、2022年にベトナムや中南米で先行発売した関数電卓の新機種「ClassWiz FX-991CW」で解決。初めて電卓の設計を任された担当者が、問題を十分に認識していたベテラン設計者とともにコンピューターでのシミュレーションを駆使して取り組んだ。

 しかも、開発設計段階での問題発生件数が旧機種に比べて半減した。経験の少ない新任設計者が担当する案件では、本来はトラブルが増えてもおかしくない。世代交代の促進と製品面の課題解決を両立した形になった。

絶縁のための柔軟物で自動組み立てが難しい

 旧機種の液晶表示装置(LCD)の裏側には、アルミニウム合金製の補強板を張ってあった。ユーザーから見えない地味な部位だが、落下時などにLCDが割れないよう補強する役割を担う。この補強板について新機種で実現したのは、プラスチック製への材質変更だ(図1、2)。金属と同等の強度を担保するのは簡単ではなく、今までなかなか手を付けられなかった懸案だった。

図1 2世代前からの電卓内部
図1 2世代前からの電卓内部
背面側(操作面と反対側)から、きょう体を取り除いて内部を見たところ。左が新機種、中央が1世代前の旧機種、右が2世代前。(写真:日経クロステック)
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図2 新機種のプラスチック製補強板
図2 新機種のプラスチック製補強板
CAEによるシミュレーションを活用して設計した。材質はHIPS(耐衝撃性ポリスチレン)。(写真:日経クロステック)
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 金属製補強板の短所は、工場での組み立てに人手が必要になり、自動化しにくいこと(図3)。電卓の最上部はソーラーパネルや電池が入るスペースで、ここから電力を基板へ供給するため、LCDと補強板の裏に配線を通す必要がある。柔軟物であるリード線(ビニール被覆線)のはんだ付けは自動化が難しく、前後工程で自動化装置の導入が進む中で、手作業が残っていた。

図3 金属製補強板をまたいでリード線をはんだ付けする
図3 金属製補強板をまたいでリード線をはんだ付けする
2018年3月、カシオタイ(ナコンラーチャシーマ―県)第3工場の生産ライン。(写真:日経クロステック)
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 以前の機種では、一部のモデルで配線を剛体であるピアノ線に変え、はんだ付けの際にリード線端部位置を端子に合わせやすくして、自動化機械を適用できるようにした。しかし、リード線と異なってピアノ線には絶縁被覆がないため、補強板に触れてショートしないように絶縁テープを補強板に張る必要が生じた(図4)。テープは柔軟物であるため、貼る作業は人手でないと難しく、結局、十分な自動化は達成できなかった。

図4 補強板に貼った絶縁テープ
図4 補強板に貼った絶縁テープ
柔軟物であるリード線をピアノ線に変えても、やはり柔軟物の絶縁テープが必要だった。(写真:日経クロステック)
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 「補強板の材質を金属からプラスチックに変えれば、これらの問題を解消できる」と、ベテラン設計者である同社羽村技術センター開発本部機構開発統轄部第二機構開発部21開発室の結城光司氏は、以前から考えていた。しかしプラスチックに変えても十分な強度を保てるか、電卓全体の厚さを増やす原因にならないかといった検討は簡単ではない。

* 同社の電卓には、電池のみで駆動するモデルと、ソーラーパネルと電池を両方備えるモデルがある。電池のみで駆動するモデルのほうが配線の自動化は容易と見込まれたため、ピアノ線による配線を導入した。