全3919文字
PR

 材料開発における日本の国際競争力のさらなる強化を目指し、オールジャパン体制で開発された新たな材料開発システム「MInt(Materials Integration by Network Technology)」。個々の材料や製品を改良するような従来のマテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは一線を画すシステムや運用方法に、日本が世界で激化する開発競争に勝つための工夫がある。

 「高温でさっとあぶった後、低温でじわっと焼く」――。まるで料理の解説のようだが、実は物質・材料研究機構(NIMS)が発表したニッケル(Ni)基超合金の時効処理における加熱工程を表現している。時効処理とは、金属部品を粉末鍛造や積層造形などで造形した後に数百℃の高温に加熱・保持して強度を高めるプロセス。冒頭の加熱パターンは、NIMSなどが開発した構造用金属系材料向けの材料開発システム「MInt(ミント)」が、およそ35億通りのパターンから導き出した(図1)。

図1 「MInt」システムを搭載したコンピューター
図1 「MInt」システムを搭載したコンピューター
NIMSの開発拠点(茨城県つくば市)に設置されている。写真手前のコンピューターをMIntに使っている。(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

 MIntは、材料内部の組織形成を計算するフェーズフィールド法や、材料強度の予測モデルなど、さまざまなアルゴリズムを備える。複数のアルゴリズムを組み合わせた解析プログラムを解くことで、材料組成から強度などの物性を予測したり(順問題解析)、所望の性能を得るための生成条件や組成などのプロセスを検討したり(逆問題解析)できる(図2*1

図2 材料開発における順問題と逆問題
図2 材料開発における順問題と逆問題
生成条件や材料組成、部材形状などの造り方に相当する「プロセス」が、原子や分子の配置といった「ミクロ構造」を決め、ミクロ構造が材料の密度や強度などの「特性」を決める。そして特性は、部品や製品の耐久性や使い勝手、リサイクルのしやすさなど、時間や環境に依存した「性能」に影響を与える。このような因果律の順方向に沿ってシミュレーションなどを通じて予測するのが「順問題解析」。逆に、因果律をさかのぼって所望の性能を満たすプロセスを検討するのが「逆問題解析」である。逆問題解析は多くの場合、逆方向に計算するのではなく、実際には膨大な組み合わせの順方向解析の結果から、所望の性能を満たすプロセスを人工知能(AI)などを活用して絞り込む。(出所:NIMSの資料を基に日経クロステックが作成)
[画像のクリックで拡大表示]
*1 MIntは、内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の第1期「革新的構造材料」および第2期「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」において2018年度から2022年度にかけて、NIMSや東京大学が中心となって開発された。同SIPプログラムはA、B、Cの3領域に分かれており、MIntの開発はその中でA領域「逆問題MI基盤」に当たる。

 冒頭の時効処理の事例は、加熱温度と時間の膨大な組み合わせから、強度が最も高くなる加熱パターンをAIがピックアップして最適な時効処理プロセスを検討した逆問題解析の例だ(図3)。MIntの開発を率いたNIMS統合型材料開発・情報基盤部門長の出村雅彦氏は「MIntを使えば1つの加熱パターンを半日以内に計算できる。これは従来の実験による検討と比べて100倍以上速い」と胸を張る。

図3 MIntに実装した時効処理プロセスを検討する逆問題解析
図3 MIntに実装した時効処理プロセスを検討する逆問題解析
(出所:NIMS)
[画像のクリックで拡大表示]

 そもそも、時効処理は単一温度で処理するのが一般的だった。理由は、実験では1つの加熱パターンを試すのに半月以上を要し、実質的に「時間もしくは温度どちらか1つのパラメーターを変える検討しかできなかった」(同氏)ため。しかし、MIntを活用したデータサイエンスのアプローチによって試行回数が飛躍的に増え、時系列で加熱温度を変えるという新たなプロセスの発想が可能になった。

 このようにMIntは、材料開発にデータサイエンスを応用する開発手法であるMIの一種といえる。ただし、MIntを開発した真の目的は、日本の材料開発における国際競争力の強化だ。冒頭に述べたように個々の材料や製品を改良するような従来のMIとは一線を画すシステムの構造や運用方法に、世界との開発競争に勝つための工夫がある。