ホンダの高性能ハッチバック「シビックタイプR」。初代から新型まで歴代モデルは「“操る悦び”を重視して手動変速機(MT)車のみの設定にしている」とシビックタイプRの開発責任者を務めた同社開発戦略統括部開発企画部開発企画二課チーフエンジニアの柿沼秀樹氏は語る。現行型ではMTの性能を改善。レブマッチシステムを「全段適用」することで、MTの初心者でも扱いやすくなったのが特徴だ。
MTにおいて先代型(FK8)から大きく変わったのは、レブマッチシステムが新たに2速から1速にも対応したこと。レブマッチシステムは、運転者のシフトダウン操作に合わせて、適切なエンジン回転数を算出し自動制御する機構だ。
一般的なMT車は、シフトダウンするとギアのエンジン回転数の差によって、シフトショックが発生する。これを低減する手法には、シフトダウンする際、運転者がクラッチを離した瞬間にアクセルを踏み込むことで低速側ギアの回転数まであえてエンジン回転数を上昇させる「ブリッピング」がある。ただ車種や速度域、ギアによって合わせる回転数が異なる。踏み込むタイミングも難しく、ブリッピングの習得には慣れと時間が必要だ。
そこでシビックタイプRはFK8から、レブマッチシステムを採用した。シフトダウン時にクルマ側が自動で回転数を調整するため、運転者側でブリッピングをする必要がなくなり、運転に集中できるという。
レブマッチシステムの仕組みはこうだ。まず、クラッチペダルのストロークセンサーとトランスミッションのニュートラルポジションセンサー、変速機の回転数センサーの情報を元に、クルマの走行状態や運転者の操作を常時検知する。シフトダウン時は、各センサーからの情報を元に、目標のエンジン回転数を算出し、スロットルを自動的に開けることで回転を合わせる。
ただし、先代型であるFK8のレブマッチシステムは、2速から1速のシフトダウンに対応していなかった。2速と1速では、同じ車速に対するエンジンの回転数差が最も大きい。「FK8のフライホイールでは、その大きな回転数差に対して、瞬時に合わせられるエンジン応答性を満たせなかった」と柿沼氏は話す。
新型は、2速から1速にも自動でブリッピングできるようになった。これを可能にしたのが、新設計したクラッチのフライホイールだ。2015年に登場した先々代型となるFK2では、タイプRとして初めてターボエンジンを採用した。ターボ化による高出力化に対応するため、それまでのシングルマスホイールから、フライホイールをエンジン側とクラッチ側の2枚に分割したデュアルマスフライホイールに変更した。ただ、デュアルマスフライホイールはシフト操作のダイレクト感が低減する欠点がある。そこで、先代型のFK8ではエンジン出力をFK2から引き上げながらも、軽量でダイレクト感のあるシングルマスホイールに戻した。
「新型ではFK8のシングルマスホイールよりも軽量化させた」と柿沼氏は語る。具体的には、外周部を薄肉化するとともに、リングギアの内径部を拡大した。これにより「質量を18%、慣性モーメントを25%低減でき、その効果でエンジンの応答性が改善した」(同氏)という。