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 セルロースナノファイバー(CNF)は、木材などの植物から採れるセルロースを数~数十nmに微細化して造る繊維である。[1]鋼の1/5の軽さながら5倍以上の強度を備える、[2]熱変形が小さい、[3]表面積が大きい、[4]透明度が高い、[5]液体にチキソ性(静止状態で固まり、力を加えると流動する)を付加できる、[6]ガスバリア性を有する、といった変幻自在な特性を持つ。日本発の高機能材料として大きな期待を集め、2012年時点で経済産業省は2030年に1兆円の国内関連市場を創造するとの目標を掲げた。

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 透明性や増粘効果、分散安定性の高さなどを生かした機能性添加剤としての採用は進みつつあるが、少ない使用量で高い効果が得られてしまうため、添加剤として大量に生産される状況には至っていない。一方で、社会的な炭素中立への意識の高まりとともに、自動車部品や家電製品でプラスチックの強化材料として利用が進み始めている。植物由来で環境負荷が少なく、再利用したときに強度が低下しにくい長所が評価されるようになったためだ。

環境省「ナノ・セルロース・ビークル」プロジェクトで製作されたコンセプトカー
環境省「ナノ・セルロース・ビークル」プロジェクトで製作されたコンセプトカー
(写真:環境省)
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高濃度に使えて再利用が可能

 CNFは本来、直径を「ナノ(nm)」サイズまで細かくしたものを指すが、プラスチックの強化用途では「マイクロ(μm)」レベルとやや大きなセルロース繊維を使う場合がある。その1例であるパナソニックプロダクションエンジニアリング(大阪府門真市)の「kinari」は、繊維全体はμmレベルの大きさで、末端を枝分かれさせてnmレベルまで細かくしたセルロースを使っており、同社は「ナノ」を省いて「セルロースファイバー」と呼ぶ。

 多彩なCNFの特性はナノレベルの細かさ故に得られるものが多いが、市場の早期拡大のために「ナノにこだわるべきではない」との意見が聞かれるようになっている。マイクロレベルのセルロースはポリプロピレン(PP)などのプラスチックへ大量に混ぜても成形材料として利用可能で、セルロースの質量比が90%に及ぶ成形材料の試作例もある。セルロースの比率が高ければ、それだけ石油由来であるプラスチックの使用量を削減できる。植物由来のプラスチック、ポリ乳酸(PLA)にセルロースを混ぜ、ほぼ100%植物由来の成形材料にする試みも進んでいる。

セルロースとPLAによる成形品(パナソニックプロダクションエンジニアリング)
セルロースとPLAによる成形品(パナソニックプロダクションエンジニアリング)
(写真:日経クロステック)
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 しかも、セルロースで強化したプラスチックは再利用に向く。同じ繊維強化プラスチックでも、ガラス繊維の場合は再利用のため溶融・再成形する過程で繊維が折れ、再生品の強度は下がる。しかしセルロースは折れにくいため、再生品でも強度がほとんど低下しない。自動車メーカー、自動車部品メーカー、家電メーカーなどがこの特徴に注目するようになっている。

CNF強化プラスチックによる自動車部品(豊田合成)
CNF強化プラスチックによる自動車部品(豊田合成)
(写真:日経クロステック)
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 対照的に、ナノレベルまで細かくしたCNFはプラスチックに混入可能な量がせいぜい50%程度にとどまり、しかもパルプを細かくしてCNFを製造する過程(解繊工程)に必要とするエネルギーが大きく、二酸化炭素(CO2)排出の削減効果が弱まる。それよりは、製造工程でのCO2排出量が少なく、大量に使えるマイクロレベルのセルロースでまず利用量を拡大し、大量生産によりナノレベルを含めたセルロースの価格低減を図るほうが良いのでは、と見られるようになった。パナソニック以外にも住友化学などがマイクロレベルのセルロースを使う試みを始めている。

 ただしセルロースは木材と同様に、加熱し過ぎると焦げてしまう。このため組み合わせられるプラスチックには制限がある。例えば耐熱性の高いエンジニアリングプラスチックは融点が高いため、セルロースを混ぜると成形時に焦げが生じて変色や臭い発生の原因になり得る。