従来と一線を画した製品デザインを試みても、安全性や製造性との両立が難しくなると、しばしばデザインの斬新さがそがれてしまいがち。そこを何とかするため、カシオ計算機は2022年秋に発売した新型電子ピアノ「Privia PX-S7000」について、CAE(Computer Aided Engineering)によるシミュレーションを重点的に利用して斬新さと成立性の両立を図った(図1)。デザインの発想を広げて多くの案を考え出す初期段階からCAEを活用した。
新しい電子ピアノのデザインコンセプトは、近くにいる人の視線を邪魔しない“抜け感”を演出して、従来の電子ピアノのような壁際での過剰な存在感や圧迫感をなくそうというもの。抜け感を強調するのは「ピアノ休眠層を呼び戻すため」(カシオ計算機技術本部デザイン開発統轄部アドバンスデザイン室リーダーの中村周平氏)。ピアノ休眠層は、以前は練習や演奏をしていたのに、現在はピアノに触っていない人たちで、この層は意外に多いというのが同社の見立てだ。
* 「カシオの電子ピアノPX-S7000は“ピアノ休眠層を”呼び起こすか?」(日経クロストレンド)「壁に向かって孤独に黙々と弾くというイメージを変えられるような、部屋の中央に移動しても室内空間の邪魔にならないデザインにすれば、休眠層の人たちがもっと気軽に弾いてくれるのでは」(中村氏)という狙いだ。面積の大きい板や武骨な支柱のような部材をなくし、すっきりとした感じの脚で鍵盤部を支えた。このデザインで壊れたりがたついたりしないことを保証するのがCAEの役割だった。
10件以上のデザイン案を検証
従来であれば、CAEの出番はデザイン決定後だった。しかしPX-S7000では、デザインのアイデア段階でCAEによる検証を実施した。
デザイン決定後の検証は、CAEであっても物理的な試作であっても、問題が見つかったらデザインはやり直しになる。デザインが変更になれば、それを前提とした設計も修正しなければならず、大きな変更になる。そういった事態を恐れると、デザイン案が最初から新規性の乏しい、過去にどこかで実績があるようなものにしかならない。
PX-S7000ではCAEで検証する時期を前倒しして、デザイナーがアイデアとして出した段階(先行デザイン)でシミュレーションを実施した(図2)。「10以上のデザインアイデアや派生案について検討した」(機構設計を担当した同社羽村技術センター技術本部機構開発統轄部第二機構開発部22開発室チーフ・エンジニアの永妻成之氏)という。デザインのアイデアには4脚以外のものや、例えばペダル部を脚と兼用にするようなものもあった。どのアイデアも補強のための余計な棒や板はなるべく付けない方針であるため、強度をどう確保するかについての検討は不可欠だった。
計算に当たっては、デザイン部門からデザインスケッチが出てきた段階で、それを受け取った機構設計者の永妻氏が構造を見て大まかに3D-CADで形を描く。それを基に、演奏時や運搬時に鍵盤部が受ける前後左右の荷重、ペダル部が受ける荷重などを境界条件としたCAE計算を担当者(同社羽村技術センター技術本部機構開発統轄部第二機構開発部22開発室の佐藤俊彦氏)が実施した(図3)。
「PX-S7000にはスタンド(脚)部分だけでなく鍵盤部にも新機軸を多く盛り込んだため、特にCAEによるシミュレーションを多く実行した」(佐藤氏)