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 最近になってにわかに注目を集め始めた核融合発電技術だが、実用化されるのは早くても2030年半ば。やや保守的な評価では2050年かそれ以降という見方も多い。ところが、2024年にも発電を始めるというベンチャーが出てきた。

 それはこれまでよく知られている大きく2つの方式、具体的には日本を含む数多くの国家が開発に参加し、フランスに建設中のITERのようなトカマク方式と、2022年11月に米国でレーザー光のエネルギーを超える核融合エネルギーが得られたレーザー核融合方式のどちらでもない、第3の方式「FRC(磁場反転配位)型プラズマ」に基づく注1)。核融合反応で中性子を出さず安全性が高く、簡素な設備で、しかも蒸気タービンを使わずに発電できる革新的な方式である。

注1)本稿では、ヘリカル方式はトカマク方式の改良版という位置付けとする。

逆向きに回る2つのプラズマが合体

 このFRC型プラズマ方式では、ドーナツ形状の磁力線に閉じ込められたプラズマを2つ発生させる。これらはそれぞれ磁石の性質を備えており、リニアモーターの原理で動かせる。それらを高速で衝突させて超高温を実現し、“燃料”を核融合させる(図1)。

(a)プラズマと磁場のドーナツ状の渦(FRC)2つを高速でぶつける
(a)プラズマと磁場のドーナツ状の渦(FRC)2つを高速でぶつける
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(b)大きな長所が3つ
(b)大きな長所が3つ
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図1 第3の核融合方式が発電一番乗りか
FRC( Field-Reversed Configuration )型プラズマを利用する核融合発電の概要とメリットを示した。FRC型プラズマ(またはプラズモイド)はドーナツ状の自律した磁場中にプラズマを閉じ込めたもの(a)。磁場のうち、ドーナツの大きな輪に沿った成分Btは2つのプラズマで反対方向を向いている。これら2つを衝突させると、Bt成分が打ち消し合って加熱が進む。この方式の長所は大きく3つある(b)。1つは、原理上、トカマク式などより弱い磁場でプラズマの強い閉じ込めができること。これにより、装置をよりコンパクトに、あるいは高温の実現が可能になる。より高温を実現できることで2つめのメリット、つまりD-3He反応やp-11B反応といった中性子が出ない核融合反応も実現可能になると考えられている。これは、安全性が高いだけでなく、炉の素材や構造を大幅に簡素にできる。コストをかけられない実験装置でも実験しやすくなる。メリットの3つめは、プラズマを用いて電磁誘導で発電でき、発電にお湯を沸かして蒸気タービンを回す必要がない点。発電効率を大幅に高められる可能性がある上に、やはり装置を簡素にできる(出所:(a)は日経エレクトロニクス、(b)は日経クロステック)

 プラズマを発生させる部分はトカマク方式に似るが、2つの高いエネルギーを衝突させて核融合を起こさせる点は、「慣性閉じ込め方式」とも呼ばれるレーザー核融合に似ている。しかし、プラズマを高速移動させたり、2つのプラズマの磁力線には互いに逆向きの成分があり、衝突時にそれらが打ち消し合って高い温度になったりする点は類似技術がなく、この方式ならではの手法といえる。

中性子を出さない

 特徴は大きく3つ。(1)トカマク方式のプラズマに比べ、ずっと弱い磁場で高い圧力のプラズマを閉じ込められる、(2)前述(1)の結果として理論上はより高温のプラズマを実現でき、核融合反応で高速中性子を出さない“燃料”を使える、(3)発電時に蒸気でタービンを回すのではなく、コイルにプラズマを通すことで電磁誘導によって発電する――の3点だ。

 (1)は装置をコンパクトにできるというメリットにもつながる。(2)の高速中性子が出ない点は、この方式が実用化で既存2方式に先んじる可能性につながっている。というのも、既存の核融合方式では、核融合で放出される超高速の高速中性子で炉壁が放射化することが大きな課題になっている。この放射化に耐えられる炉壁材料の開発にメドが立っておらず、それが実用化への大きな壁の1つになっている注2)

注2)暫定解としては、核融合炉の内側に「ブランケット」と呼ぶカセット方式の壁を並べ、その内部にベリリウム(Be)層、次にリチウム(6Li)層を設ける手法が考えられている。Beに高速中性子が衝突すると、減速されると同時に中性子数が増える。この中性子が6Liに衝突すると、中性子を止めると同時にトカマク方式で使う燃料の1つであるトリチウム(T)を再生できる。ただし、このブランケットは高速中性子を止めるために厚みが1mは必要で、しかも2年前後で取り換える必要がある。インフラコストや設備稼働率の点では大きな課題になる。

 特に、実験炉の建設は、中性子対策に予算をそれほどかけられず、結果として、核融合の実験をなかなか進められないという悪循環になっている。現時点で、トカマク方式またはその改良版の実験炉のほとんどは、核融合を起こさない模擬燃料でプラズマの温度を高める実験をしている。ITERで、プラズマでの実験が2025年に始められる予定であるのに対し、核融合の実験開始がその10年後の2035年になっているのもこうした理由である。

 一方、核融合反応で中性子が出なければ、核融合実験へのハードルが大幅に下がり、実験が進む。核融合炉の構造も非常に簡素で済むなど、利点が多い。

 (3)の蒸気タービンからの“卒業”は、太陽光発電を別にすると発電技術の開発史の中でも大きな転換点になる。具体的には、発電効率が大きく高まる可能性がある。蒸気タービンはどれだけ工夫しても蒸気のエネルギーの40~60%ほどしか電力に変換できないからである。ただし、新方式での発電効率についてはまだ分からない部分が多い。

 そうしたFRC型プラズマ方式の開発ベンチャーの1社が米TAE Technologiesだ。既に第5世代の実験装置を開発済みで、2~3年後には第6世代の装置「Copernicus」も稼働する見通しである(図2)。同社は、日本出身の著名なプラズマ研究者で、日本原子力研究開発機構・関西光科学研究所の元所長なども務め、現在は米University of California Irvine校、Norman Rostoker Chair professorである田島俊樹氏が最高科学責任者(CSO)で、日本との関係も深い。米Goldman Sachs、米Google、米Chevronなどの世界的な企業から資金的、あるいは技術的な協力を得ているほか、2021年9月には日本でヘリカル方式のプラズマ実験炉(LHD)を開発している核融合科学研究所(NIFS)と技術提携した。

図2 まるで“かめはめ波”
TAE Technologiesの次世代実験装置「Copernicus」の概要(a)。装置の寸法は現世代の「C-2W/Norman」の場合、直径9m、長さ27m(b)。Copernicusも同程度の寸法になるようだ。核融合は装置の両端でプラズマを発生させ、それを高速で衝突させて実現する(c)(出所:TAE Technologies)
(a)Copernicusの各部分の説明
(a)Copernicusの各部分の説明
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(b)現行の実験装置「C-2W/Norman」を背景にした集合写真
(b)現行の実験装置「C-2W/Norman」を背景にした集合写真
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(c)プラズマの発生から発電までのイメージ
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