2035年以降もエンジン車の新車販売を認める──。電気自動車(EV)一本やりの考えを示してきた欧州が急きょ、その方針を転換した。走行中に二酸化炭素(CO2)を排出しないことから「環境に優しいクルマ」として欧州をはじめ各国が強力に推し進めてきた「EVシフト」政策は頓挫する可能性が見えてきた。EVシフトを前提とした研究開発や設備への投資計画を打ち出してきた企業は、計画を再考する必要に迫られる。
2021年7月、欧州委員会が政策パッケージ「FIT for 55」を発表。2030年にCO2排出量を2021年比で55%削減することを目標に掲げた。ここで欧州委員会が自動車分野において打ち出したのが、2035年以降に欧州域内で新車として販売する全ての乗用車および小型商用車(バン)をZEV(無公害車)にするという提案だった。これは実質的に、販売可能なクルマをEVと燃料電池車(FCV)に限定するという方針だ。その後、2022年10月に欧州議会とEU(欧州連合)理事会(閣僚理事会)がこの提案に基づく法案に合意し、2023年2月には欧州議会が法案を可決。こうした一連の流れにより、欧州における「2035年以降のエンジン車販売禁止」という施策を決定事項として世界中の多くのメディアが報じていた。
ところが、この法案を欧州理事会が承認する前に、ドイツとイタリア、ポーランドが反対を表明。これで法案成立が見込めなくなった。欧州では法律の成立にあたって、EUに加盟する27カ国のうち15カ国以上の同意と、人口の65%以上という2つの条件を満たす必要があるためだ。欧州理事会は承認決議を延期して議論を進めていたが、2023年3月25日、欧州委員会とドイツ政府は2035年以降のエンジン車の新車販売を「条件付き」で認めることで合意した。
その条件とは、合成液体燃料「e-fuel」を使用することである(図1)。
e-fuelという条件付き
改めてe-fuelとは、CO2と水素から人工的に造る燃料だ。大気中のCO2と、再生可能エネルギーを使って水を電気分解して得られる水素を使用する。カーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)燃料として大きな期待を集めている。
例えば、ドイツ Audi(アウディ)はドイツ Sunfire(サンファイア)と連携し、2017年からe-fuelの開発を進めている(図2)。「既存のガソリンや軽油と性状が同等であるため混合が可能で、既販車のCO2の削減も期待できる。水力発電(再生可能エネルギー)を使い、高温蒸気化した水を電気分解して水素を造る。その水素と大気中のCO2を逆水性ガスシフト反応器内に入れ、そこで CO2と水素を反応させて合成ガスに変換(CO2+H2 → CO+H2O 吸熱反応)し、フィッシャー・トロプシュ反応を用いて鎖式炭化水素を造って(CO+(2+1/n)H2 → 1/nCnH2n+2+H2O 発熱反応)、最終的にe-fuel を製造するというプロセスである」(『カーボンニュートラルを実現する自動車・エネルギー産業のあるべき「経営・開発」』(藤村俊夫著、日経BP)から引用)──。
課題はコストの高さだ。水素の製造や 一酸化炭素(CO)の 製造、鎖式炭化水素製造というプロセスを経ることでエネルギー変換効率が下がる。そのため、価格は 1L当たり500 円程度と、ガソリンや軽油の現在の価格と比べてもかなり高い。
だが、日本でもトヨタ自動車やホンダ、日産自動車といった自動車メーカーはもちろん、ENEOSなどのエネルギー関連企業も開発を進めている一方で、今後さらに使用制限が強化されていく化石燃料は価格が上昇する可能性がある。
今回の合意はe-fuelの開発にとって強い追い風となる。新車だけではなく、既販車にも有効だからだ。それだけではない。これまでEV推進派からの逆風を受けていたハイブリッド車(HEV)の開発にとっても追い風となる可能性が見えてきた。