パナソニック ホールディングスは、電動シェーバー「LAMDASH(ラムダッシュ)」シリーズの次期商品に、AI(人工知能)がゼロベースで“考案”した新構造のモーターの採用を検討中だ。熟練技術者が最適設計をしたモーターと比較して、実測値で出力が15%高い。濃いひげも一発でそれることを売りに、4~5枚刃を搭載する商品に採用される可能性があるとしている(図1)。
同社によれば、デバイス開発におけるAIの活用は、大学での構造設計の研究やマテリアルインフォマティクスなど材料分野では事例が多いが、モーターなどの部品そのものに適用した事例はほとんどないという。
最近では、人間に近いレベルの受け答えなどができることから、生成系AIの「ChatGPT」〔米OpenAI(オープンAI)〕が世界的に注目を集めているが、パナソニックの開発成果は、実世界の複雑な事象がからむ、ものづくりの分野にもAIの波が押し寄せていることを象徴している。
パナソニックのLAMDASHは製品化から既に20年以上がたっている。現場では小型化・高効率化に向けて地道な改良を続けてきたものの、もはや伸びしろはわずかだったという。「人間の経験と勘に基づく設計はやり尽くした感があり、既に限界に来ている」と同社プロダクト解析センター デバイス・空間ソリューション部部長の太田智浩氏は話す。
大きな課題がモーターの高出力化で、これが実現すれば大胆なデザイン変更などの“勝負”ができるが、それが難しい状況が長らく続いていた。現場の技術者からは、「最終ゴールが見えない」「(自らの経験と勘に基づく)今の設計が本当に正しいのかが分からない」という悩みの声も漏れていたという。
そこで同社が取り組んだのが、ゼロベースでモーターの構造を考案するAI設計手法の開発だ。始まりは10年以上前になる。結論を先に言えば、開発したAIが考案した構造は、「最初はぐちゃぐちゃだが、計算を繰り返すうちに少しずつ改善して、そのうち人間の設計した構造より出力が上回るようになった」(太田氏)(図2)。
冒頭の15%という数字は、これまで人間の設計者が地道に改善を続けてきたものと比較して突出して高いという。人間であれば数%の改善を少しずつ積み重ねて検討するため、開発期間に数カ月を要するが、AIであれば計算回数さえ重ねれば、こうした数値を現在は数日という短期間で導出できる。
同社はAI設計の有効性を確認したとして、今後は電動工具や車載用のモーター、さらにシーリングファンなどにも適用する方針だ。
進化的アルゴリズムで自ら改善
パナソニックが今回、AI設計で取り組んだのは、電動シェーバーのモーターで刃を動かす「ムーバー」という駆動部品である。
LAMDASHは競合他社が採用している回転モーターではなく、直線運動をするリニアモーターを採用している。リニアモーターは約1万4000ストローク/分という高速駆動をしても出力が落ちない点が特徴で、濃いひげでもそり終わりまで高いパワーを維持するという。その中核部品がムーバーだ。
ムーバーは、鉄や磁石の構造体を複雑に組み合わせ、一部に空間が開いているような構造をしている。これまで設計者は、以前からある基本構造をベースに自らの経験と勘でムーバーに使用する磁石材料の種類や体積(長さ)、鉄・磁石・空間のレイアウトなどを変え、独自のシミュレーションでモーターの出力や効率などを予測。性能が不十分であれば、基本構造そのものを見直して上記の作業を繰り返していたという。
それをAI設計では基本構造を設定せず、「限定エリアに対して、どんな材料の磁石を使ったり、レイアウトをしたりすると一番良い結果がでるのか、コンピューターに設計させた」(太田氏)。具体的には、AIが構造を設計して性能をシミュレーションし、その結果を基にさらに構造を改善するプロセスを自動で繰り返すシステムを構築した(図3)。
AIは深層学習(ディープラーニング)のように正解データを大量に学習させるものではなく、人が進化する過程を模擬した「進化的なアルゴリズム」(太田氏)を自社開発した。これまでの傾向からどのような方向で設計したらいいかを、遺伝と進化の仕組みを模して自ら学習し、最適化していくという。
AI設計では基本的に人間が介在しないが、まったく介在しないとパターンが多すぎで答えを導出できない。そこで多少の「拘束条件」を与えた。具体的には、ムーバー周辺の非可動部(ステーター)の形状や凸部の数(ここにコイルを巻くため、磁極数になる)を拘束条件として与えて、学習させた。