東レは2023年4月12日、積層セラミックコンデンサー(MLCC)や電池向け材料の粉末化に用いるボールミリング(またはメカニカルミリング)用酸化ジルコニウム(ZrO2)のミリングボール(以下、ジルコニアボール)の耐久性を向上させる量産技術を開発したと発表した(図1)。加えてこの新技術では、これまで結晶構造の安定化のために加えていたレアアースのイットリウム(Y)を使っていないため、材料の調達不安の心配がないという。
市場シェア倍増でトップを目指す
開発品は2023年度初頭にサンプル提供を開始し、同年度末までには量産を始める計画。これまでも東レは、ジルコニアボールを「トレセラム」という名で製造、販売してきたが、今回のジルコニアボールでは、2030年に市場シェアを現状の2倍以上に伸ばしてシェア1位を狙うとする。市場全体の拡大も期待できることから、売上金額では、現状の数倍となる数十億円/年の達成が目標だ。
材料の粉砕に利用
ボールミリングは材料を粉砕、そして粉末化する手法の1つ。容器の中に硬いボールと水、そして粉砕したい材料を入れ、容器を回転させるなどして中身を激しくかき回すことで、ボールと容器の壁、またはボール同士の衝突時に材料が粉砕される(図2)。東レによれば、材料はボールの直径の約1000分の1に粉砕されるという。例えば、ボールの直径が0.1mmであれば、材料は、直径約100nmの粉末になる。
このボールミリングで粉末化する材料は例えば、MLCCの絶縁材料となるチタン酸バリウム(BaTiO3)や各種電池の電極材料、ディスプレーに用いるカラーフィルター向け顔料など。また、ベアリングなどミリング以外での用途もある。
こうした用途では必然的に、ボールの耐久性の高さが大きなポイントになる。耐久性が低ければ、ボール表面が削れて、粉砕したい材料に不純物が混ざることになる上に、頻繁に交換しなければならず、材料加工のコストが上がってしまう。
東レによれば、今回のジルコニアボールは耐久性が大きく向上し、利用できる寿命が従来の数倍長いという。
イットリウムが不要に
従来のトレセラムとの最大の違いは、ジルコニアボールの結晶構造の相転移を防ぐために、ZrO2に添加していた酸化イットリウム(Y2O3、イットリア)を使うのをやめ、代わりの安定化材料として、より一般的な材料の酸化セリウム(CeO2)、酸化マグネシウム(MgO)、酸化カルシウム(CaO)などにした点だ注1)。
ZrO2は造粒して、セ氏1500度前後で焼結した後、温度が下がるにつれて、結晶構造が正方晶から単斜晶へと相転移する性質がある(図3)。この際、体積が膨張するためクラックが入りやすい。しかも、単斜晶のZrO2は正方晶時に比べて耐摩耗性が低い。特に、セ氏60度以上の環境で水(H2O)に触れると耐摩耗性の低下が加速するという。
これまではY2O3を3mol%ほどZrO2に添加することでこの相転移を起こりにくくしていた。ところが、Y2O3のYはレアアースで産出国が限られ、安定的な調達に不安がある。エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による2018年の調査報告では、Y2O3の日本への輸入元の約9割が中国だ。
東レはこの地政学リスクを低減するため、2年前から非レアアースベースの安定化材料を用いたジルコニアボールの開発を進めていたという。ところが、この代替材料は調達が比較的容易な一方で、H2Oなどへの反応性が高く熱にも弱く、凝集して“ダマ”になりやすいという課題があった。東レは詳細は非公開とするものの、造粒、焼結工程で同原料に適した製造条件の制御と生産管理を厳密にすることで課題を解決したとする。「これにはかなり苦労した。競合他社はまだ成功していないようだ」(東レ)。