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 「我々のナトリウム(Na)イオン電池(NIB)は、中国Chery(奇瑞汽車)の電気自動車(EV)に搭載される」――。2023年4月16日の中国CATL(寧徳時代新能源科技)による発表は、電池にとっての新時代の幕開けになった。

 蓄電池の主役がニッケル水素電池からリチウム(Li)イオン2次電池(LIB)にほぼ切り替わって約10年。ここにきて、次の主役になり得る新型電池、つまりNIBが急速に台頭してきた(図1)。わずか2年前、NIBの開発、量産に取り組んでいるのは世界で数社だった。ところが、現時点ではCATLだけではなく、電池セルメーカーだけで現時点で少なくとも20社超(表1)。原材料や部材メーカーも含めると約50社(表2注1)にのぼる。今後はさらに増える見込みだ注2)

注1)表2には集電体となるアルミニウム(Al)箔の供給メーカーは記していないが、それらを含めると50社を超える。
注2)NIBのサプライチェーン全体は150社にのぼるとする中国メディアの報道もある。ただし、量産または量産の準備を始めているのは、その半数近くだとする。
図1 EVや電動2輪向けから定置用までNIB製品が続々
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図1 EVや電動2輪向けから定置用までNIB製品が続々
VW:ドイツ・フォルクスワーゲン (出所:(a)は中国HiNa Battery、(b)同JAC Group、(c)同CATL、(d)同BYD、(e)同・立方新能源、(f)同・華宇鈉電、(g)同Naion Power Batteries、(h)フランスTiamat Energy、(i)英Faradion) 
表1 NIBを既に発売した、もしくは量産計画を持つ主なメーカー
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表1 NIBを既に発売した、もしくは量産計画を持つ主なメーカー
(出所:公開資料と一部日経クロステックの推定を基に日経クロステックが作成)
表2 NIBの主な材料/部材メーカー
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表2 NIBの主な材料/部材メーカー
(出所:公開資料と一部日経クロステックの推定を基に日経クロステックが作成)

 増えた企業は、中国企業が中心で、これまでLIBの製造を手掛けてきたメーカーのほか、鉛蓄電池のメーカー、さらには、電子回路基板のメーカーなどさまざまだ。新しく合弁会社を起こして参入する企業も多い。そして、生産能力だけみれば2023年内にも合計で30GWh/年を超える規模になりそうだ。

Co、Ni、Liの供給不安が背景

 背景にあるのは、高いエネルギー密度のLIBに使われているコバルト(Co)、次いでニッケル(Ni)の供給が児童労働問題やロシアのウクライナ侵攻なども絡んで今後の安定供給に不安が広がり、それらを使わないリン酸鉄リチウム(LFP)系LIB(以下、LFP)が、定置用蓄電システムだけでなくEV市場までをも席巻したことがある。このことで、航続距離の長さだけがEVの訴求ポイントではないことが判明した。さらにその後、Li自体も供給がタイトになったことで、LIBの重要な原料の1つである炭酸リチウム(Li2CO3)の市場価格が暴騰した。結果、将来にわたって供給に不安がないNaが脚光を浴びたのである。

 後述するように、NIBはエネルギー密度ではLFPと同等だが、量産が進めばLFPよりもかなり価格が安くなる。しかも、安全性や信頼性がLFPより高く、超急速充電やセ氏マイナス30度といった低温での出力特性に優れる。こうした点から早晩、NIBがLFPを置き換えるとみる電池関係者もいる。

2030年には347GWhが出荷か

 中国の研究所China YiWei Institute of Economics(伊維経済研究院)の伊維智庫(EVTank)が2023年2月に発表した「中国ナトリウムイオン電池業界発展白書」によれば、2023年中のNIBの実際の生産量は、3GWhに留まる。それでも、2030年には347GWhが生産、出荷される見通しで、平均の年間平均成長率(CAGR)は97%と驚異的な数字になる計算だ。

 もちろん、NIBが主役になり得るのはさらに先である。電気自動車(EV)や定置用蓄電システムの世界的な需要増を受けて、LIB市場自体もNIBに劣らない成長率で伸びるからである。同じEVTankによれば、LIBは2030年には約6TWh/年生産される。つまり、その時点でのNIBの割合は、容量ベースで5%超にすぎない。

LIBとNIBで用途によるすみ分けが進む

 ただ、用途によっては比較的早い段階でNIBがLIBを席巻する例も出てきそうだ。具体的には、鉛蓄電池の置き換え、低速または小型で街乗り限定のEV、スクーターなどの小型電動2輪、電力事業者向けの大型定置用蓄電システムなどである(図1)。これらに共通するのは、エネルギー密度よりむしろ価格の安さが最重要という点だ。

 NIBを発表した2日後の2023年4月18日、CATLは今度は重量エネルギー密度が500Wh/kgと非常に高いLIB「凝聚態電池」の年内量産を発表した。こうしたLIB技術の発展も考慮すると、将来の蓄電システムは、高いエネルギー密度を必要とするドローンや電動航空機、一部の航続距離重視のEVではLIB、それ以外の一般的なEVや定置用蓄電システムではNIB、とすみ分けが進むことになりそうだ。

 米Tesla CEOのイーロン・マスク氏によれば「世界は年間10TWhの蓄電システムを必要としている」という。これは現時点の約10倍だ注3)。この需要水準では、LIBの正極用ニッケル(Ni)や同コバルト(Co)を安定的に調達するのは難しい。Liの調達も保証されないだろう。このため、今後、NIBが不要になる状況は考えにくい。

注3)EVTankによると、2022年のLIBの世界市場における出荷総量は957.7GWhである。