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 物流大手の鴻池運輸が、4年の歳月をかけて業務システムの9割をパブリッククラウドに移行した。技術者を養成する「虎の穴」なども社内に用意して進めた同社のクラウドファーストの取り組みを、詳しく見ていこう。

 鴻池運輸が業務システムのクラウド移行を開始したのは2018年4月のこと。2022年3月末までの4年間で、オンプレミス(自社所有)でなければ運用できない特殊なシステムを除き、業務システムの9割をパブリッククラウドであるAmazon Web Services(AWS)に移行した。それと並行して同社は「ゼロトラスト」の考え方に基づいたセキュリティー対策にも取り組んだ。

 鴻池運輸が2018年に「クラウドファースト」を掲げてクラウドへの全面移行に取り組んだ背景には、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるに当たって、それまでのITインフラストラクチャーが足かせになっていたことがあった。

 特に問題だったのは、ITインフラがシステム単位で「サイロ化」していたこと。2018年の時点で情報システム部門が管轄するデータセンター(DC)だけでも、会計システム用DC、情報系システム用DC、ファイルサーバー用DC、ファイルサーバーのバックアップ用DCの4カ所がそれぞれ存在していた。オフィスとDCを接続する閉域網やセキュリティーツールなども、システムごとに異なっていた。

 同社においてITインフラがサイロ化していたのは、それまでの同社ではIT関連の知識やスキルを持つ専門人材が不足していたことから、システムの構築や運用がITベンダーに過度に依存していたためだ。個別のシステムを構築するたびに、専用のDCや閉域網、セキュリティーツールなどを導入した結果、同じような用途のITインフラやツールが社内に複数存在する状態になっていた。

ITインフラはAWSに、SaaSも積極活用

 こうした問題を解決するため、当初は2018年からの3カ年計画でITインフラの全面刷新に取り組んだ。業務アプリケーションを稼働するITインフラや開発基盤、データウエアハウスの稼働環境などにはAWSを選んだ。セキュリティー対策やコミュニケーション基盤などにはSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を選択。それまではオンプレミスの専用DCで運用していたファイルサーバーは、ファイルフォースが提供するクラウドストレージである「Fileforce」に移行した。

鴻池運輸が進めたクラウド移行の概要
鴻池運輸が進めたクラウド移行の概要
(作成:日経クロステック)
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 業務システムをクラウドに移行するに当たっては、既存のアプリケーションをシステム構成を変えずにクラウドに移す「クラウドリフト」の方針を採用した。クラウド向けにシステムを作り直す「クラウドシフト」を選ばなかったのは「スキルも予算も時間もない」(同社のICT推進本部デジタルトランスフォーメーション推進部の佐藤雅哉部長)と考えたためだ。ハードウエアの保守切れが迫っていたシステムから優先的にクラウドに移行していった。

 オンプレミスに残ったのは、オフコン(オフィスコンピューター)の流れをくむ「IBM i(旧AS/400)」で稼働するシステムや、専用通信回線を使用するシステムなど。これら特殊なシステムを除き、業務システムの9割がクラウドに移行した。

ITベンダーも出資する「虎の穴」で人材育成

 クラウド移行に当たって苦労したのは人材育成だ。それまでの鴻池運輸では営業部門などで働いていた総合職の社員がジョブローテーションの一環で情報システム部門に異動してくるなど、ITの専門人材が不足していた。「現代のITはスペシャリストがいないと成り立たない。知識やスキルを蓄える必要がある」(佐藤部長)との危機感から、社内の人材を「虎の穴」に送り込んで鍛えることにした。

 その虎の穴が、ITベンダーであるNSDとの共同出資で設立したIT子会社のコウノイケITソリューションズだ。鴻池運輸の情報システム部門からコウノイケITソリューションズに出向した従業員は、NSDから派遣されたプロジェクトマネジャーやシステムエンジニアを先生役に、クラウド移行やアプリケーション開発に関するノウハウやスキルを実務を通じて学んだ。