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 建物の「実空間」と、シミュレーションなどを行う「デジタル空間」とを、人が自由に行き来する――。「デジタルツイン」は、そんなSF(サイエンス・フィクション)の世界のようなイメージだろうか。

 実際に行き来するのは人ではなくデータだが、それによって、建物の環境制御、運用管理、利用状況把握などがリアルタイムでできるようになった。これを可能にしているのは、センサーや通信用チップセットの低価格化、バッテリー性能の向上、規制緩和によって、近年急速に発達しているIoT(モノのインターネット)技術とAI(人工知能)技術だ。

 建物にIoT技術を応用する場合、IoT技術自体が価値を生み出すものではなく、どんな課題をどのように解決したいのか、という設計や運用側の問題意識がポイントとなる。今回は、アラップが開発した統合プラットフォーム「Neuron(ニューロン)」と、香港のオフィスビルでNeuronを導入した事例を環境設備エンジニアが紹介する。(以上、菊地雪代/アラップ)

アラップが開発した情報プラットフォーム「Neuron(ニューロン)」の導入例。新型コロナウイルスの感染対策のため、自動スクリーニング機能システムを最近追加した。建物入り口に設置したサーモカメラと、画像認識を組み合わせて体温の高い人を検出する(写真:Arup)
アラップが開発した情報プラットフォーム「Neuron(ニューロン)」の導入例。新型コロナウイルスの感染対策のため、自動スクリーニング機能システムを最近追加した。建物入り口に設置したサーモカメラと、画像認識を組み合わせて体温の高い人を検出する(写真:Arup)
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 建物は人々が多くの時間を過ごす場所だ。社会の変化に応じて、人々の建物への要求は少しずつ変わっていく。最近では、省エネ性能やBCP(事業継続計画)対策、さらに新型コロナウイルスの感染拡大などの影響から、健康・感染症対策といったレジリエンス性能の向上も重要となってきている。提供すべき機能やその複雑さが増していく一方で、ビル管理の人手不足も課題だ。

 IoTセンサーやネットワーク、AIといったITが発達してきた今、その技術を用いてビル管理の省力化と提供サービスの向上を両立させ、さらに時代に合わせて施設機能を追加していく、いわば“ソフトウエア・アップデート”できる建物は実現できないだろうか。アラップではそうした要望に応えるために統合プラットフォーム「Neuron」を2018年に開発した。今回は、Neuronとその導入例を紹介したい。

 まずは、「デジタルツイン」を使って施設運営の理想的な状態を考えることから始めよう。デジタルツインは、実建物に関するあらゆるデータを検出し、それらをコンピューター上でリアルタイムに再現することで、実建物に対する“ツイン(双子)”となるデジタル建物をつくる概念を指す。使うデータは、例えば実建物内の人の動き、エレベーターや空調といった設備の稼働状況などだ。

デジタルツインの概念図。デジタル建物を使ってシミュレーションし、将来の状態を予測する。その結果を基に、実建物に対して最適なオペレーションを行い、運用効率を最大化することを目指す(資料:Arup)
デジタルツインの概念図。デジタル建物を使ってシミュレーションし、将来の状態を予測する。その結果を基に、実建物に対して最適なオペレーションを行い、運用効率を最大化することを目指す(資料:Arup)
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 デジタルツインが理想的に機能している状態では、建物が自律的に設備機器などの運転を行うため、人は遠隔地から複数棟を一括監視できる。デジタル建物上で人数や天気といったデータを分析し、将来必要な空調負荷を予測する。それを基に熱源制御を行うことで、その建物の設備が持つ省エネ性能を最大化できる。

 また、設備稼働状況のデータから、どの設備がいつ故障するかが分かるようになることも大きなメリットだ。例えば、システムが人の手を借りずに設備を発注、修理作業員を手配し、必要なカードキーを自動的に発行してくれる。

 震災が起きた際には、躯体(くたい)のセンサーデータを基に、デジタル建物上で建物安全度の診断を行い、エレベーターや建物運用の復旧を自動判断できる。