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建設開始前に乗客移動を徹底的にシミュレーション

 アラップではかねてより、MassMotion(マスモーション)と呼ばれる群衆行動シミュレーションツールを開発して、駅やスタジアム、超高層ビルなどの計画に役立ててきた。どの部分に人が滞留するのか、避難するとしたらどれくらいの時間がかかるのか、などを事前に確認するためだ。

 今回、このMassMotionとSimio(シミオ)という2つのソフトを利用して、中国の空港としては初めて、建設開始前に乗客移動に関する完全なシミュレーションを行った。

 この空港で大切にしているのは、「ユーザーエクスペリエンス」だ。混雑や移動の不便さで空港の評価を下げたくない。乗客移動のシミュレーションは飛行スケジュールに基づいて行い、フライトの到着時と出発時の混雑についてボトルネックとなっている要因を特定することから始めた。乗客が利用する施設、セキュリティーチェック、出入国管理、バゲージクレーム、トイレに至るまでを検証し、必要に応じて廊下のサイズ変更などを行った。

空港ターミナルの地下には、約8万m<sup>2</sup>の交通ハブがある。この交通ハブには、3つの駅が入る(写真:Zhou Ruogu Architecture Photography)
空港ターミナルの地下には、約8万m2の交通ハブがある。この交通ハブには、3つの駅が入る(写真:Zhou Ruogu Architecture Photography)
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 さて、このプロジェクトで最も重要なポイントの1つは、ザハ氏が設計したダイナミックな屋根のエンジニアリングだ。屋根面積は約35万m2に及び、屋根の構造部材だけで17万個を超える。

 アラップの役割はこの構造設計のレビューワーだ。1週間で解析モデルを立ち上げ、3カ月で最適化を行う、というハードスケジュールだった。

GSA、Sap2000、Strand 7、LS-DYNAなどの幅広い解析ツールを使用して、弾性解析、接続FEM解析、非線形解析を実行した(資料:Arup)
GSA、Sap2000、Strand 7、LS-DYNAなどの幅広い解析ツールを使用して、弾性解析、接続FEM解析、非線形解析を実行した(資料:Arup)
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 構造設計レビューを通じて、鉄骨部材の約1%がたわみの限界を超えており、補強が必要であると判明した。一方、部材の90%以上は検定値0.5未満(部材が持つ耐力の半分程度しか使われていない)、すなわち部材が大き過ぎるということも指摘した。

 鉄骨部材の多くは、専門家会議が設定した細長比の限度を下回っていたため、圧縮材の断面を削減。中空部材については細長比が120の限界に近かったが、強度と剛性に余裕があったため、自重を最小限に抑えるために板厚を減らした。このような方策で、ターミナルの北西ウイングにおいて鉄骨量を40%削減できた。

 また、屋根トラスの組み方も改善した。もともとは圧縮力と引張力の両方を負担するブレースを、各構面に1本だけ斜めに入れていた形だった。それを引張力だけに効くブレースを2本クロスに入れることによって、鉄骨量を減らした。ブレース鋼は70%削減された。

 このレビューと最適化によって、構造部材については約4000トン、金額にして約5400万人民元(約8億4000万円)を超える鉄骨が節約でき、同時に二酸化炭素の排出量も削減できた。

空港のカーブサイド。波打つような屋根が特徴的だ(写真:Zhou Ruogu Architecture Photography)
空港のカーブサイド。波打つような屋根が特徴的だ(写真:Zhou Ruogu Architecture Photography)
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 この空港が開港した19年9月は、まだ新型コロナウイルスの気配すら感じていない時期だ。当面の空港利用者数は、試算から大きく外れているに違いない。ザハ氏の遺作の1つともいえるこの空港の、ダイナミックな空間を楽しめる日が早く訪れることを願っている。

プロジェクト概要

       
  • 所在地:中国北京市、河北省廊坊市
  • 延べ面積(ターミナル):70万m2
  • クライアント:Beijing New Airport Construction Headquarters, Beijing Institute of Architectural Design (BIAD 北京市建築設計研究院)
  • JVパートナー:ADP Ingenierie, Zaha Hadid Architects, BIAD, China Airport Construction
  • 火災安全設計、構造レビュー、乗客・ロジスティックシミュレーション:Arup
  • 開業時期:2019年9月
菊地 雪代(きくち・ゆきよ)
菊地 雪代(きくち・ゆきよ) アラップ東京事務所アソシエイト/シニア・プロジェクト・マネージャー。東京都立大学大学院工学研究科建築学専攻修了後、設計事務所を経て、2005年アラップ東京事務所に入社。一級建築士、宅地建物取引士、PMP、LEED評価員(O+M)。アラップ海外事務所の特殊なスキルを国内へ導入するコンサルティングや、日本企業の海外進出、外資系企業の日本国内プロジェクトを担当。