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 何かしらのアクシデントにより「その日」が残念な結果となってしまった、という経験は誰もが持っているのではないだろうか。音楽のイベントでも、自宅の引っ越しでも、会社の忘年会でも、「その日」に向けては何かしら準備が必要になる。どれだけ念入りに準備をしても、絶対の成功が約束されることはない。

 しかし、これが空港や駅舎のような公共性の高い施設の開業となればそうはいかない。絶対に失敗は許されないのだ。今回は英国ロンドンにあるヒースロー空港を事例として、アラップが手掛けたユニークな運用開始準備について説明したい。この“準備”の経験は、コロナ禍のオフィス再開にも生かせるはずだ。(以上、菊地雪代/アラップ)

ヒースロー空港で、アラップが提供したトレーニングシステムの一部。レゴを用いたワークショップをクライアントに提案するのは勇気の要ることだろう (写真:Arup)
ヒースロー空港で、アラップが提供したトレーニングシステムの一部。レゴを用いたワークショップをクライアントに提案するのは勇気の要ることだろう (写真:Arup)
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 2014年6月4日、ヒースロー空港の第2ターミナル(T2)が運用開始を迎えた。空港関係者と、コンサルティングを担当したアラップのスタッフは、開始の瞬間を緊張の面持ちで見守っていた。英国の玄関口といえるヒースロー空港は、年間約8000万人が利用する大規模な空港だ。欧州のハブ空港としての地位を高めるべく、08年に第5ターミナル(T5)を新設、14年にT2を建て替えるなど、積極的な投資を続けてきた。最近では、第3滑走路の新設計画が話題となっている。

2014年に建て替えが完了したヒースロー空港第2ターミナルは、別名クイーンズターミナルとも呼ばれている。全日空などアジア系の航空会社が多数就航する(写真:Arup)
2014年に建て替えが完了したヒースロー空港第2ターミナルは、別名クイーンズターミナルとも呼ばれている。全日空などアジア系の航空会社が多数就航する(写真:Arup)
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 だが、T2の運用開始から遡ること6年、08年のT5の運用開始は惨憺(さんたん)たるものであった。初日には手荷物処理システムのトラブルに関連して最終的に34便が欠航、その後1カ月にわたってトラブルは解決されず、準備不足を露呈する結果となった。もちろん、システムトラブルが主な要因だが、そのような状況におけるスタッフの対応も要因の1つだったと考えられている。

 T5の過ちを繰り返してはならない──。12年、ヒースロー空港はT2の運用開始準備に着手した。ヒースロー空港は、運用開始に向けてツールやシステムのみならず、スタッフのトレーニングにも重点を置く必要があると考えた。そこで運用開始準備支援(ORAT)業務を提供するコンサルタントにアラップが選ばれた。

 アラップは、設計のみならず、プロジェクトマネジメントの経験を生かして、ORAT(Operational Readiness Activation & Transition=運営の準備、稼働、移行)と呼ばれる業務を提供している。空港側は、T2の運用開始準備を成功裏に進めるには、アラップのORATチームのような専門家が必要と考えたのだ。

 アラップは、その期待に応えるため、心理学やトレーニングの専門家をチームに加えてプロジェクトに臨んだ。しかし、十分な経験を持つ彼らにとってもヒースロー空港が提示した課題は非常にハードルの高いものだった。

 課題の1つが、スタッフのトレーニングだ。空港に属する160の組織に対して個別のトレーニング方法を設計し、6カ月以内に2万4000人のスタッフ全員にトレーニングを完了しなければならなかった。

ヒアリングを基に32種類のトレーニングコースを開発。個別にトレーニング用の資料を作成した(写真:Arup)
ヒアリングを基に32種類のトレーニングコースを開発。個別にトレーニング用の資料を作成した(写真:Arup)
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 アラップは、全ての組織にヒアリングを実施してその結果からグループを組成。グループごとにトレーニングコースを設計するアプローチを採用した。このアプローチにより、組織ごとにトレーニングを行う方法と比較して、トレーニングにかかる時間を大幅に短縮できた。

写真を多用して分かりやすく表現するなど、スタッフの理解を促進するための工夫を随所に施した(写真:Arup)
写真を多用して分かりやすく表現するなど、スタッフの理解を促進するための工夫を随所に施した(写真:Arup)
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