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タイ初となる工法に挑戦

 このプロジェクトにおいて最もチャレンジングだったのはサムヨット駅である。バンコク内でも有数の交通量を誇るサムヨット交差点の下に位置する。交通への影響を最小限に抑えるため、2車線の道路を塞ぐことなく工事をすることが重要だった。

 さらに、地下3mにはおよそ150年前に建設されたアジア初のトラムの線路が埋まっており、この歴史的土木遺構を一切傷つけることなく工事を行うことも条件の1つだった。この2つの課題により、単純に穴を掘り、地下構造物を建設することはできなくなってしまった。

サムヨット駅の外観。緑色に縁取られた開口はこの地域の特徴的なデザインである。駅前は毎日通勤通学時間になるとタクシーやバイクタクシーで混雑している(写真: Saravut Eksuwan)
サムヨット駅の外観。緑色に縁取られた開口はこの地域の特徴的なデザインである。駅前は毎日通勤通学時間になるとタクシーやバイクタクシーで混雑している(写真: Saravut Eksuwan)
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 バンコクでは、一般的に駅舎が位置する深度周辺に「バンコクソフトクレイ」という軟弱地盤がある。そのため、地下鉄駅舎の建設では逆打ち工法を採用することが多い。

 まず土留め壁、基礎、駅舎本体の構造壁、止水壁の4役を担うダイアフラムウオールと呼ぶ、連続した鉄筋コンクリート壁を地中に施工する。その後、最上部から順にスラブを施工。掘削とスラブの施工を繰り返して地下構造物を建設していく。

 サムヨット駅も他の駅舎と同様にこの逆打ち工法の施工計画を立てた。しかし、屋根スラブの施工では、一般的に屋根面までの土を掘削する必要があるが、今回は駅舎上部の道路の交通と地下に埋まる土木遺構に触れられないため屋根面全面を掘削できなかった。

着工前のサムヨット駅前の様子(写真: Arup)
着工前のサムヨット駅前の様子(写真: Arup)
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交通を妨げないように配慮して工事を進めた。工事用のトラックやクレーンの位置から、いかに小さなスペースで建設したかが分かる。コンクリートの打設は交通渋滞を回避するために深夜に行った(写真: Arup)
交通を妨げないように配慮して工事を進めた。工事用のトラックやクレーンの位置から、いかに小さなスペースで建設したかが分かる。コンクリートの打設は交通渋滞を回避するために深夜に行った(写真: Arup)
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 そこで採用したのが「パイプルーフ」である。パイプルーフは1977年にベルギーのアントワープで地下鉄駅を工事する際に初めて採用された施工方法だ。鋼管を水平方向に打ち込むことで、掘削せずにスラブを地中に施工できる。今回のように躯体(くたい)上部を掘削できない場合などに、仮設のスラブや壁として用いることが多い。

 通常、このパイプルーフは一方向からの荷重のみを想定し、掘進機の発進側と到達側に立坑などの空間を設けて、単純支持梁(はり)として設計する。しかし、サムヨット駅の道路脇には既存の建物が密集しており、掘進機の到達側に空間を確保できなかった。

 そこでパイプルーフの鋼管と先に施工したダイアフラムウオールとを、シアコネクターで接続。到達側にピットを持たない施工を実現した。一般的なパイプルーフの設計とは異なり、ダイアフラムウオールから伝達される土圧による鋼管への圧縮力も考慮した設計だ。この到達側にピットを持たないパイプルーフの施工は、タイの建設史上、初の試みとなる。タイの建設技術が新たな時代を迎えたことを世界にアピールするきっかけとなった。

施工後のパイプルーフ。上部の道路と地下に埋まるトラムの線路を支える。各鋼管は直径1.27mで、スパンは12.65mだ(写真:Arup)
施工後のパイプルーフ。上部の道路と地下に埋まるトラムの線路を支える。各鋼管は直径1.27mで、スパンは12.65mだ(写真:Arup)
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パイプルーフの設計スケッチ。駅舎のエントランス側(図右側)からパイプを打ち込み、ダイアフラムウオール(図左側)とシェアコネクターで接続した(写真: Arup)
パイプルーフの設計スケッチ。駅舎のエントランス側(図右側)からパイプを打ち込み、ダイアフラムウオール(図左側)とシェアコネクターで接続した(写真: Arup)
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 歴史的景観や遺構を残しつつ、着実に東南アジアの中心都市として成長を続けるバンコク。現在、バンコクでは新たな3路線の地下鉄の建設が進行中だ。「ほほえみの国」の人々から笑顔を奪っていたバンコクの交通渋滞が見られなくなるのも遠い未来の話ではないだろう。建設技術の成長と共に、バンコクという都市はますます魅力を増している。