中国の広東省・梅州市は、客家(ハッカ)という漢民族の中の一支流が話す、客家語の代表地といわれている。客家人は独特の文化や言語を持ち、中でも土楼と呼ばれる円形、もしくは方形の集合住宅が比較的有名だ。
その梅州市内の興寧(こうねい)市に、「珍珠紅(パールレッド)醸造所」が新しく完成し、2019年にオープンした。家族経営ブランドの珍珠紅が酒づくりを始めたのは1950年のことだが、客家人の酒造技術は、古く唐の時代から続く伝統だという。そして、珍珠紅醸造所でつくられる米を原料とした醸造酒は黄酒と呼ばれ、紹興酒のイメージに近い。また白酒と呼ばれる蒸留酒もこの場所でつくられている。
生産施設とビジターセンターを兼ねた珍珠紅醸造所は、茶畑に囲まれた渓谷に位置している。発注者は12万m2の敷地を選び、現地の建築様式と伝統的な酒造工程を尊重した、心地の良い施設を建てたいと考えていた。
この施設は、20km離れた都市部にあった旧工場に代わるものだ。アラップはフィージビリティスタディー(事業化調査)の作成から関わり、生産工程をマッピング(工程をダイヤグラムやフローチャートに落とし込むこと)し、ここで生産できるお酒の最大量を決定した。新しい醸造所では、手作業で行われる客家の伝統的な醸造方法と、近代的でサスティナブルな製造プロセスを融合させることも重視した。
珍珠紅が、客家人の文化中心地である梅州で生まれたこともあり、発注者は醸造所の建物に客家の文化を反映させることを強く望んだ。アラップは、その「場」と文化を強く意識しながらも、現代的な解釈をしたデザインを提案した。
それは福建省周辺の客家人の共同住宅である土楼と、より一般的な伝統様式で長方形の平面と勾配屋根を持つ住宅を参照している。土楼は世界遺産に登録された住宅。全体を円形や方形とし、壁で囲んで内部に開いているため防御性が高い。この醸造所ではそれと対照的に、訪問者を積極的に受け入れるオープンな建物とした。
複数の建物をどう配置するかについては、強風から建物が守られるような地形を選んで配置するなど土地の自然な特性を生かした。包装工場の建物は、冬の強風を避けるために後方に配置、夏の季節風が支配的な時期には、廃棄物処理場からの排気が他の建物にかからないよう考慮した。また、建物の向きやファサードは、日射経路や日射量を把握した上で調整し、熱取得量を最小限に抑えている。
「ハブ(中心施設)」と呼ばれる3階建ての建物は、土楼建築へのオマージュとして円形にしている。2層の博物館、ホール、レストラン、ショップ、料理教室、管理事務所、試験室など、客家の酒づくりを紹介する施設だ。
博物館から南北に延びた高架の歩道は、来訪者が酒造工程を見られる見学通路とした。