建築分野で世界初、エコブリック
建物内では、水回りなどの段差を埋めるために、象徴的ともいえるサステナブルな案が採用された。オフィス空間は換気や配線のために床下に空間を設け、いわゆるOAフロアがあるが、トイレなどにはその空間が不要である。一般的には、ポリスチレンの充填材や軽量コンクリートなどで床の段差を埋めるが、ここでは約1万4000個の「エコブリック」を空洞の形成材として使用した。
エコブリックは、地元の非営利団体「エコブリック・エクスチェンジ」が、地域の廃棄物から回収した2リットルの使い捨てペットボトルだ。ペットボトルは生分解に450年以上かかるといわれている。このペットボトルに、お菓子の包装紙や食品用ラップなど、一般的にリサイクルできないといわれるプラスチックを手作業で詰めた。そして深さ45cmの床下の空洞を埋めるように、エコブリックを垂直に置いた。仕上げ材の構成は、下からエコブリックで高さ30cm、その上にコンクリートスラブの10cmを積み重ね、最後に5cmの不陸調整を入れた。
これは、全体として5.5トン=南アフリカ共和国の110人が1年間に廃棄する使い捨てプラスチック量に相当する。バージン素材を使用せず、CO2排出量を削減するだけでなく、埋め立てられるしかなかった材料を再利用し、地域社会にプラスの影響をもたらした。プラスチック汚染問題への意識を高めると同時に、循環型経済の斬新な例を示している。
ここまで、The Ridgeのいくつかの試みを紹介してきたが、上記以外にも、外装に木を利用することやアトリウムや階段が煙突状になることから、地元消防署と綿密な打ち合わせを行い、パフォーマンスベースの避難計画を立てた。火災の発生場所に応じてその都度適切な避難指示を表示する「ダイナミック避難サイン」などを採用している。
また、ケープタウンは港町ではあるが深刻な水不足に悩まされているため、The Ridgeでは中水と雨水を再利用している。最適な貯水タンクサイズを特定するために、需要予測に対する降雨量を考慮し、タンクサイズと貯水量に関する費用便益分析を行った。
面白いのは「ユーザーガイド」の作成かもしれない。時々、設計段階の想定と異なる利用をしたことによって、思ったほどの省エネ効果が得られなかった、という話を聞くことがあるが、The Ridgeは、利用者がどのように使うと快適で、それによってどのようにエネルギー消費が減るかを分かりやすく絵や図を使って示している。利用者の行動変化や協力があって、設計意図が達成されるのだ。
CO2削減、環境配慮、という喫緊の課題については、利用者に多少の不自由を強いるようなイメージがあるかもしれないが「どうしたら楽しく過ごせるのか」を示していくのも、建物をつくる側の役目ではないかと感じる。
一つひとつの取り組みは、基本に忠実で堅実なものかもしれないが、The Ridgeは、それらを積み上げていくことでCO2排出量を大幅に削減できるということを示した好例である。
建築概要データ
The Ridge(ザ・リッジ)
- 所在地:南アフリカ共和国・ケープタウン、
- 発注者: Victoria and Alfred Waterfront Holdings
- 意匠設計者:StudioMAS
- 建築設備設計、構造設計、ファサードエンジニアリング、火災安全設計、ライティングデザイン、サステナビリティ・コンサルティング:アラップ
- 竣工時期:2021年
アラップ東京事務所アソシエイト/シニア・プロジェクト・マネージャー
