全2430文字

歴史的建築物への配慮が求められた難工事

 歴史的建築物への影響を考慮しながら進める、トンネルの施工は困難を極めた。また地上の建物だけでなく、コペンハーゲン特有の地盤特性もこの計画を更に難しくするものであった。

 シティリンゲンの南西エリアは比較的安定した地盤が広がる。そのため、地上の既存建物への構造上の影響も比較的コントロールしやすいものであった。一方、北西と東側のエリアは軟弱地盤で、かつ既存建物の基礎に近い部分にトンネルを建設することが求められた。そのため、高度なエンジニアリングソリューションが欠かせなかった。

 TBM(Tunnel Boring Machine) と呼ばれるトンネル・ボーリング・マシンは、プロジェクトごとに新しいものをつくることが多く、施工者がTBMの運転に慣れるまでに時間を要することが多い。そこで本プロジェクトのトンネル施工においては、環状の線路を一筆書きでなぞるようにしてTBMを走らせるのではなく、比較的容易な南西側から開始し、掘削の難易度を徐々に上げていく施工計画を提案した。

 もちろん解析などで地盤や地表面への影響を評価しているが、施工は人の手によって行われるものである。どんなにデジタルツールが発達しても、技術者や職人の熟練度をより確かなものにする施工計画の立案はプロジェクト全体における重要なプロセスの1つである。

トンネル内部の様子。車両はすべて自動運転で運転席が無いため、運行が開始した今もこのトンネルの様子は車内から見える(写真:Arup)
トンネル内部の様子。車両はすべて自動運転で運転席が無いため、運行が開始した今もこのトンネルの様子は車内から見える(写真:Arup)
[画像のクリックで拡大表示]

 開業から約3年がたとうとする今、シティリンゲンはコペンハーゲン市民になくてはならない交通網の1つになっている。自転車や大きな台車も一緒に乗車できる仕組みを取り入れたため、大きな家具などを地下鉄で運ぶ人もよく見かける。24年にはコペンハーゲン市内中心部と、コペンハーゲン南部にある新興住宅地を結ぶM4ラインも開業予定である。コペンハーゲンで自家用車を見ることがなくなる日はそう遠くない未来だろう。

プロジェクト概要

Cityringen Metro (シティリンゲンメトロ)

  • 所在地:デンマーク、コペンハーゲン
  • 発注者:Metroselskabet I/S
  • 設計施工者(デザインビルド):Copenhagen Metro Team (Salini-Impregilo, Tecnimont and Seli)
  • テクニカルアドバイザー(JV):アラップ、COWI、SYSTRA (アラップは意匠設計、音響設計、土木設計、施工マネジメント、ファサード設計、火災安全設計、地質エンジニアリング、照明設計、材料工学、機械設計、歩行者シミュレーション、プログラム&プロジェクトマネジメント、構造設計、トンネル設計を担当)
松岡 舞(まつおか・まい)
アラップコペンハーゲン事務所 構造エンジニア|Underground Structure
松岡 舞(まつおか・まい) 2016年首都大学東京大学院を修了後、アラップ東京事務所に入社。18年から21年までアラップバンコク事務所、22年からアラップコペンハーゲン事務所に勤務。 宿泊施設やオフィスビルなどの建築の構造設計、駅舎や橋梁、トンネルなどの土木設計に携わる。主な担当プロジェクトはSHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(18年竣工)、ヤオコー本社ビル(18年竣工)、MRT Orange Line East Section(22年竣工予定)など。
菊地 雪代(きくち・ゆきよ)/執筆協力
アラップ東京事務所、アソシエイト/シニア・プロジェクト・マネージャー。2011年9月よりケンプラッツ、日経アーキテクチュア・ウェブ、日経クロステックにて、アラップが関与したプロジェクト紹介の記事を連載。