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 依然、人工知能(AI)に大きな注目が集まっており、AIを活用した事例は増え続けている。一方で、「期待外れ」「投資に見合う効果がない」といった声も出始めた。AIは、活用しなければ今後のビジネスが成り立たないほど重要な技術である一方で、利用者の過剰な期待を集める技術でもある。失敗せずにうまく活用するには、AIをどのように捉えたらよいのか。「日経クロステック ラーニング特別編」の講座「事業・研究開発をDX化へ導く失敗しないAI・データ活用」の登壇者である富士通研究所人工知能研究所所長の岡本青史氏に聞いた。その前編。(聞き手は近岡 裕)

まず、AIの研究に携わることになった経緯を教えてください。

岡本氏:大学で位相幾何学や計算代数を専攻し、修士課程を修了して富士通研究所に入りました。1991年のことです。入社の動機は、純粋にAIを研究してみたかったから。富士通研究所には「人工知能研究部」があったのです。AIの基礎研究も産業応用の研究も両方できることも魅力的でした。しかし、振り返ってみると、その時は「第2次AI」が終わりかけていました。

富士通研究所 フェロー 人工知能研究所所長の岡本青史氏
富士通研究所 フェロー 人工知能研究所所長の岡本青史氏
(写真:富士通研究所)
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 当時は、通商産業省(現経済産業省)が主導し、1982年に世界に先駆けてAIの大規模国家プロジェクトを立ち上げ、第五世代コンピューターの開発を進めていました。このプロジェクトは1992年に終わり、同時に第2次AIが終焉(しゅうえん)してしまいました。しかし、私が学生の時は、私の研究室もその周辺も活気づいていて、そんな気配は感じませんでした。

 就職活動の時期になり、たまたま富士通研究所の役員から「それだったら岡本君、うちに来いよ」と言われたこともあって入社したのです。ところが、なんと入社して半年で人工知能研究部がなくなってしまいました。

 それでもAIの研究はずっと続けさせてもらいました。今の若手研究者の多くは第2次AIが消えていった状況をほとんど知らないと思います。でも、当時既にニューロコンピューターがありましたし、ディープラーニング(深層学習)の主要な原理もこの時に生まれました。ここに来て再びAIが脚光を浴びる時代が来て、少し運命的なものを感じています。

現在の「第3次AIブーム」はいつから始まったのですか。

岡本氏:2012年と言ってよいと思います。その年に、画像認識のコンペティション「ILSVRC(ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge)」で、カナダのトロント大学に籍を置くジェフリー・ヒントン教授のチームが、他を圧倒する認識精度で優勝しました。ここからディープラーニングが俄然(がぜん)注目を集めるようになりました。

 併せて、計算機のパワーが上がり、GPU(画像処理装置)が使いやすくなりました。何よりデータが圧倒的に増えてきたという背景があります。実は、ディープラーニングに関する主要な論文が2006年ぐらいから出ており、アカデミアの中には2006年から第3次AIが始まったという人もいますが、世間的にはやはり元年は2012年でしょう。

産業的な価値を生み出せるか

今のAIブームをどのように捉えていますか。

岡本氏: AIの研究者としては「ブーム」という言葉をあまり使いたくはありません。ブームというのはどこかで終わるという響きがあるからです。ぜひとも本物にしていきたいという気持ちがあります。そのために必要なのは、やはり、AIを「産業的な価値」に継続的につなげることです。

 デジタルトランスフォーメーション時代を迎えた今、AIはデータを使って価値を生み出す核となる技術として期待されています。我々もそのつもりで研究開発を進めています。しかし、「投資に見合う価値を本当に生み出せるのか?」という問いに対しては、率直に言うと、イエスと明確に答えるにはまだ課題があると思っています。

(写真:日経クロステック)
(写真:日経クロステック)
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 そう感じるのは、先述の通り、第2次AIを経験したことが大きいと思います。当時もAIは大きく騒がれ、マスコミも大きく取り上げました。第2次AIで何をしていたかというと、我々が問題を解くための知識を直接コンピューターに教え込むという形のAIを作っていました。これを大規模な並列推論マシンで処理し、人間が問い合わせると人間の専門家と同じような回答を出すというものです。これを「エキスパートシステム」と呼んでいました。

 ところが、実は人間はものすごく柔軟に問題を解いています。そのため、問題を解くための知識の全てをコンピューターに教え込ませるのはものすごく難しかったのです。その上、知識管理も難しかった。問題解決に対する複数の異なる知識を入れると、コンフリクト(あつれき)が生じるのです。例えば、AさんとBさんで異なる問題の解き方の知識をコンピューターに教えたときに、整合性を取る管理をしようとしても、うまくいきませんでした。結局、このプロジェクトは産業的な大きな価値を生み出すことなく終わってしまいました。

 AIの研究は難しい。従来の延長線上にある研究とは違い、大きなブレイクスルーが期待されます。しかしながら、その期待の全てに応えるにはまだまだ課題が多い。期待を失望に変えないように研究としてやらなければいけないことがあります。