非接触でバッテリーへ給電する「ワイヤレス給電」の開発が進んでいる。特に停車中の電気自動車(EV)へのワイヤレス給電は規格化も完了し、実用化を目前に控えている状況だ。走行中のEVへのワイヤレス給電の規格化も動き始めている。ワイヤレス給電の仕組みはどのようなものか。そのメリットや現状における課題は何か。「日経クロステックラーニング」で「ワイヤレス給電の基礎とEVの走行中充電に向けた取り組み」の講座を持つ東京理科大学理工学部電気電子情報工学科 准教授の居村岳広氏に聞いた。
ワイヤレス給電とはどのようなものでしょうか。
居村氏:非接触でバッテリーに給電する仕組みです。身近なところでは、電動歯ブラシではワイヤレス給電の一種を採用しているタイプがあります。充電器の上に受電する電動歯ブラシを載せておくと充電できますよね。
最近は電気自動車(EV)へのワイヤレス給電が注目されています。EVでは、車体の底に受電コイルを設置したクルマが、駐車場などに設置された送電パッドの上に載ると給電される仕組みが採用されています。車体と受電コイルとの距離は150〜250mm程度と、電動歯ブラシなどに比べて離れた距離でも充電できるようになっています。
磁界共振結合方式の採用で伸びた給電距離
居村氏:一口にワイヤレス給電と言っても給電する手法によってさまざまなタイプがあります。EVへの給電などのために特に研究が進んでいるのが、電力伝送の媒体に磁界を用いて効率的に電力を伝送できる「磁界結合」です*1。
磁界結合とはどのような方式でしょうか。
磁界結合では、送電側と受電側にコイルがあります。一方のコイルに交流電流を流すとコイルを貫くようにして磁界が発生します。その磁界がもう一方の受電側のコイルに届くと、受電側のコイルに起電力が生まれ、交流の誘導電流が流れます。この原理を利用して給電するのが磁界結合方式です。
磁界結合方式が実用化に至ったのは、「磁界共振結合」技術が開発されてからです*2これは、同じ周波数で振動するものの一方を振動させると、近くに置かれたもう一方も振動し始める共振現象を利用した技術です。送受電に用いるコイルを共振状態にして、電流を増幅させて効率を上げるのです。
この磁界共振結合方式の採用によって、電力伝送距離(エアギャップ)を広げられました。送・受電コイルが直径30cm程度の場合、磁界共振結合方式を採用する以前の電力伝送距離は、コイル径の約10分の1の3cm程度でした。
しかし磁界共振結合方式を使うと、コイルの半径から直径程度、つまり15〜30cmの距離があっても大電力を高効率で送れるようになりました。EVの充電システムで、受電コイルと送電コイルが150〜250mm程度離れていても充電できるのは、磁界共振結合方式を採用しているからです。
EV向け以外には、どのような用途ワイヤレス給電が使われているのでしょうか。
居村氏:2010年に家電製品などをワイヤレス給電する「Qi(チー)」規格が策定され、スマートフォンなどを置くだけで充電できるようになっています。
磁界共振結合方式は当初、家電での採用が考えられていました。しかし、利用者の身体に危害を与えないように安全を考慮して定められた電波強度の基準値を超える可能性があったため、普及には至りませんでした。
電波利用時に人体を防護するために総務省が定めた「電波防護指針」には、家電でもEVでも指針で定められた数値以下に電波強度を抑えなければならないという規定があります。しかし、この規定を満たそうとすると、家電で広いエアギャップでのワイヤレス給電できません。そのため、家電で採用しているワイヤレス給電は、非接触ではあってもほとんど接触と変わらないほど近づけないと充電できないのが現状です。
2020年に、EVにワイヤレス給電する際の規格が定められました。このとき、家電でのワイヤレス給電で問題になった人体防護の課題が、EVへのワイヤレス給電では問題になりませんでした。EVは車体の下で送・受電するため、送電器と受電器との間に人が入り込む状況は通常あり得ません。家電に比べると給電する電力が大きいにもかかわらず、人体危害を与える危険性が非常に低いために規格化が実現しました。
大きな電磁波が人体を流れると、どのような危険が生じるのでしょうか。
居村氏:周波数にもよるのですが、85kHzあたりを境目に、それより低い周波数の場合はしびれるようになり、高い周波数の場合は熱が生じると言われています。そのため、電波防護指針ではかなりの安全率をかけて厳しく規制しています。海外では「ICNIRP」(国際非電離放射線防護委員会)という規格で定められています。日本の電波防護指針とICNIRPはだいたい同じような規定で同等の数値を定めています。
給電時の出力はどのくらいなのでしょうか。
居村氏:米国の自動車および航空宇宙分野の標準化推進団体であるSAE Internationalが定める規格「SAE J2954」では、3.7kWと7.7kW、11kWの3種が規格化されています。次世代版のSAE J2954規格では22kWを規格化するとも言われています。
ワイヤレス給電の普及がEV普及の鍵に
EVでワイヤレス給電を利用するメリットについて改めて教えてください。
居村氏:大きなメリットは利便性です。充電器のプラグを車に挿すような作業が要りません。駐車している間に自動で充電できるので、充電のし忘れがありません。
充電器のケーブルをどこに置くかにもよるのですが、どうしてもケーブルは汚れやすいので、充電後に手を洗わなければならない場合もあります。忙しい朝にケーブルを巻いてしまうのも時間がかかるので、そういう手間を省けるのも大きなメリットです。
そういうメリットがあると、EVを利用する面倒が減って普及が進むのではないでしょうか。利用者数が増えれば、国としては運輸部門の二酸化炭素(CO2)削減に貢献できるようになります。
現状、どのような課題を抱えていますか。
居村氏:出先での急速給電が課題です。急速給電のために大電力化するのも大変ですし、送電時の損失によってを低くしない熱が発生するので熱対策も必要です。電力を上げると漏えいする磁界も増えるため、漏洩を防ぐ技術も必求められます。
さらに、走行中の給電は停車中の給電以上に多くの課題があります。走りながら給電するため、停車中の10倍程度の電力が必要です。そのため大電力化への対応と漏えい磁界の低減、高速走行中の車に給電するための高速な制御も必要です。
受電コイルが送電コイルの真上に位置しなくても給電できるのでしょうか。
居村氏:位置のずれに関しては、コイルの中心が10cm程度ずれても給電の特性はそれほど悪化しません。GPS(全地球測位システム)を利用した自動運転の場合は10cm程度のずれが生じる場合もあります。しかし、停車位置を示す白線の画像を認識する精度などが向上しているため、自動運転であればそもそも送受電コイルのずれを心配する必要もなくなります。
走行中給電の送電コイルは自動車が踏んでも大丈夫なのでしょうか。
居村氏:国土交通省のプロジェクトの中で耐久試験も実施しています。駐車場などに埋設した送電コイルを10年間踏みつけても電気的な特性や機械的な特性が劣化しない耐久性の確保について研究が続けられています。
ワイヤレス給電のシステムは、いつ頃実用化されるのでしょうか。
居村氏:停車中の給電については規格化が完了したので、あとはワイヤレス給電を採用した製品の発売を待つだけです。2023年度には発売されるのではないかと期待しています。
走行中の給電は自動運転の普及と同じぐらいのタイミングだと思います。2030年代と言われています。研究開発はもっと早く進みますが、実用化には送電コイルを道路に埋設する手間と時間が必要です。法律の改正や公道での実験の許可を得るといった段階を踏まなければいけないのでハードルは高いです。空港内の滑走路など送電コイルの埋設数が少なくて済む施設で走行中給電の実績を作り、ノウハウを蓄積した上で、公道での走行中給電を実現するという流れになるでしょう。
東京理科大学理工学部電気電子情報工学科 准教授