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 川の一生は商品やサービスのライフとも言えましょう。一挙に流れ落ちてしまえば短命ですが、大きな利益をもたらすこともあります。逆に、ライフが長ければよいというわけでもありません。中途半端な水量なら水質は悪化し、川にすむ生物はもちろん、周辺にも悪影響を及ぼす場合もあるのです。

 水(アイデア)は、ニーズという顧客の要求に引っ張られます。それは地球の重力のようなもので、川の勾配は重力に比例して水の流れ落ちる速さを決定します。川は、その勾配に導かれて流れ落ち、周囲のさまざまなアイデア(別の沢の水)やノウハウ(砂や石)を巻き込みながら、ニーズに対応する川、つまり商品やサービスの形になっていくのです。

 川の長さや大きさは、マーケティングの動向と似ています。川の勾配がきついと、水の流れは速く、一挙に海に出てしまうので、川幅も狭く、ゆったりと大地を流れることはありません。つまり、ニーズが明確なほど、顧客からの要求は強くなり、商品の人気は一時期に集中して大きいのですが、マーケティング的に言えば、その寿命はすぐに尽きてしまうということです。ニーズが普遍的に大きく前広(まえびろ)な場合は、川の水量(提供する商品やサービス)は豊富になり、市場を蛇行しながらさらに川幅を広げ、ゆっくりと長い時間をかけて下ります。それは、マーケットのサイズも大きく、商品やサービスの寿命も長いということです。

 流域の環境や条件も、川の成長に大きく影響します。流域に広がる森が豊かであるほど、さまざまな知恵という栄養分を水に溶かし出し、ニーズに対応する商品やサービスも多様化し、次々と新商品や新しいサービスが開発されるのです。よく見ると、川には多くの藻類や甲殻類、昆虫などが繁殖しています。そして、それを餌にする魚や鳥、動物たちのすみかにもなっているのです。さらに、川は流域にも栄養分を補給して豊かな田んぼや畑を支え、米や野菜という実りを与えます。

 それは、新しい産業や事業、商品が生まれていくのと同じです。行く手に大きな岩があれば、長い時間をかけて淵が形成され、そこには深いところを好む魚が生息します。時には河童(かっぱ)伝説のように、新しい物語も生まれます。中州などは古いニーズの名残かもしれません。でも、それは不要なものではありません。小さな森が出来たりして、形を変えながら川に刺激を与え、何より、そこには多くの生き物たちがすむ環境を育みます。

 川は必ず海に出てその一生を終わります。しかし、水は海水と同化し、やがて蒸発して雲となり、雨となって、再び大地に降り注ぎます。そうしてみると、海はアイデアという水の揺籃(ようらん)の地で、山や森林はアイデアの熟成機とも考えられます。こうして、私たちにアイデアが尽きることはなく、開発を繰り返して続けることができるのです。アイデアとは、水が再び海から生み出されるように、人の社会がある限り、尽きるものではないのです。

 いかがでしょうか。私たちは水のように、社会という大地を流れることによって、常に新しいニーズに気付き、それに対応する新しい商品やサービスを創ることができるのです。

多喜義彦(たき・よしひこ)
システム・インテグレーション 代表取締役、日経BP『リアル開発会議』 アドバイザー、パワーデバイス・イネーブリング協会 理事
大学在学中の1970年、開発設計の受注を契機に創業。1988年にシステム・インテグレーションを設立し代表取締役に就任、現在に至る。新事業開発のプランナーとして事業の枠組みから製品の具体的仕様、販売計画に至るまで総合的に手がけ、3000件を超える開発実績を持つほか、現在までに延べ約800社を超える企業の技術顧問を務めている。