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30%安かった中国メーカーの部品

「40%削減」を実現した経緯を教えてください。

竹村氏:まず当時の状況を説明しましょう。7〜8年前の話になります。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)という言葉が流行していた頃です。急激に経済成長を続ける中国市場に、独フォルクスワーゲンや米GM、米フォードなど世界中の自動車メーカーが進出を図っていました。日系の自動車メーカーも例外ではありません。トヨタ自動車や日産自動車、ホンダなどが中国市場に参入するため、しのぎを削っていました。

 中国市場に進出するには、現地法人との合弁が必要です。現地法人のスタッフがいるわけですから、自動車部品でも現地の部品メーカーからの調達を検討し始めます。ちょうどその頃、経済成長に合わせて中国国内でも地場の材料、部品メーカーが勃興していました。品質はそこそこですが、とにかく価格が安かった。だいたい30%は安いのです。

 その結果、ほとんどの部品で受注を逃しました。現地の部品メーカーにまったく勝てないのです。70戦3勝44敗1引き分け、残りの22戦は戦うまでもなくコールドゲーム(不戦敗)です。全く戦いになりませんでした。日本では「高品質だから」と認めてもらっていた価格が通用しないのです。

 大きな拡大が確実視されている中国市場で、これほどの惨敗でいいわけがない。ということで社長直轄の「コストハーフ活動」が始まったのです。