日本企業の高品質ブランドを毀損する品質不正。社会問題となった一時期からは改善が進んだように思える。だが、「決して楽観視できる状況ではない」と警鐘を鳴らすのが、生産現場に詳しい経営コンサルタントの古谷賢一氏だ。コストや納期に厳しいプレッシャーがかかる生産現場は、ある意味、品質不正の誘惑に駆られる現場でもある。どのように対応すべか。古谷氏が解説する。(近岡 裕=日経クロステック)
いかに高い技術力を誇っていても、いかに優れた製品を市場に送り出せていても、そして、いかに優秀な経営成績を誇っていても、いったん品質不正問題が発生してしまうと、それまでに積み上げてきた信頼は一瞬で崩れ去ってしまう。
品質不正は顧客満足度を極端に下げる
品質を語るときに「当たり前品質」という言葉がある。これは、満たされていても顧客満足度が高まるものではないが、満たされていなければ顧客満足度が大きく毀損するという種類の品質のことだ。
クルマでいえば、例えばブレーキ性能が当たり前品質に該当する。ブレーキの利きやレスポンスが甘いクルマには、大きな不満が寄せられる(そもそも、市販車として成り立たないかもしれない)。一方で、ブレーキの利きやレスポンスが優れたクルマがその分高額で売れるかと言えば、そうとは言えない。これが「当たり前品質」と言われるものだ。
対照的に「魅力的品質」という言葉もある。これは、満たさなくても顧客の不満にはつながらないが、満たすと顧客満足度が大きく高まって競争力が増す種類の品質のことだ。
品質に対して不適切な行動を取ることは、「当たり前品質」を毀損していることに他ならない。当たり前品質には「落とし穴」がある。顧客満足度が目立って高まらないため、力を注ぐ価値がないと軽視されやすいことだ。ところが、実は「当たり前品質」を満たしていないと顧客満足度は極端に落ち、不満が増大する。このことを決して忘れてはならない。
「監視」と「行動制限」、品質不正問題を考える2つの視点
品質不正を議論する際にキーワードとなる考えがある。[1]監視と[2]行動制限だ。どちらもネガティブな表現なので嫌悪感を抱く人もいるだろうが、筆者の考えは「人は、良いことをすることもあれば、悪いことをすることもある」だ。作家の池波正太郎氏の名作『鬼平犯科帳』では、主人公の長谷川平蔵が「人間というのは妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事を働く」と喝破している。残念ながら、悪人(=品質不正を行う人)の存在は無視できない。
[1]監視の考え方
監視とは、従業員の行動を常にチェックするという意味だ。警察官がにらんでいる前で、泥棒を働こうとする者はいないだろう。工場で言えば、正しい作業を行っているかどうかを常にチェックをするということだ。
例えば、「3回やらなければならない検査を、1回しか実施しない」といった不正に対し、「本当に3回実施しているのか?」と誰かが常にチェックするという考え方だ。現実には、人が常に張り付いてチェックするわけにいかないため、システムやセンサーなどの情報技術を活用して確認する。不適切な行為が検出された場合は、アラームを発報して注意を促す。行為が悪質な場合には、管理・監督者に通報したり、作業を強制的に中断させたりすることになるだろう。
監視は、品質不正を防ぐ効果的な手段だ。実際、人件費の安い国では監視活動を徹底することで品質を維持している例も少なくない。
ただし、その一方で監視には課題もある。確認作業が増えるなど作業の冗長性が高まり、システム投資などでコストも増大する点だ。さらに、監視者(あるいはシステムの設計者)がグルになって不正を働こうとする組織的な動きには、残念ながら無力である。
[2]行動制限の考え方
行動制限とは、何か不適切な行為をしようとしても、物理的にできないように何らかの制限をかけることだ。
例えば、「3回実施しなければならない検査」は、3回とも確実に実施しないと製品が治具から取り出せないようにする。あるいは、不適切にデータを改変しようとしても、システム側で防護し、改変そのものを実行不可能にするといったことが行動制限に相当する。ただし、不正の実行を難しくする「柔らかい行動制限」から、システム側で決まったこと以外は絶対にできないように仕組む「強固な行動制限」までレベルはさまざまだ。
行動制限にも悩ましい面がある。生産現場では、しばしばトラブルが発生する。原材料の想定外の不良や、設備の想定外の故障といったものだ。「決められたことを、決められた通りに、粛々と実施すれば生産が完了する」というのは工場が目指すべき姿ではあるが、現実はなかなか理想通りにはならない。従って、さまざまな行動制限かかっていると、トラブルが発生するたびに、生産現場は文字通り「やっていられない状態」になりかねない。
例えば、繊細な計測器で「測定ミス」が発生したとする。ところが、再測定がシステムで禁止されていると困ってしまう。そこで、現実にはシステム側で再測定を受け付けるように“逃げ道”を用意する。ところが、残念ながら、これを悪用する輩が出てくる。例えば、規格ギリギリの不良品などを、合格するまで何度も再測定したり、別のサンプルにすり替えて合格データを残した上でギリギリの不良品を「実使用上は問題ない」と考えて出荷したりする人間だ。
加えて、行動制限にもコストが増大する傾向がある。多くの場合、システムやセンサーなどの情報技術への投資が伴うためだ。