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 「5G活用に最も重要なのは、5Gに対する正しい理解だ」。フォーマルハウト テクノ ソリューションズ ダイレクターの柏尾南壮氏はこう話す。「日経クロステック・ラーニング」で「5G基地局最前線、分解して分かった5G対応のキーポイント」(2020年4月13日開催)の講師を務める同氏に、押さえておくべき5Gのポイントについて聞いた。(聞き手は高市清治)

フォーマルハウト・テクノ・ソリューションズ ダイレクターの柏尾南壮氏
フォーマルハウト・テクノ・ソリューションズ ダイレクターの柏尾南壮氏
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次世代無線通信規格の「5G」に対する理解不足が憂慮されています。

柏尾氏:5Gに関心を持つ技術者や経営者にとって最も重要なのは、5Gに関する正しい知識を得ることだと思っています。断片的な情報が一人歩きして、「5Gを採用すればすぐにイノベーションを起こせる」と過大な期待を抱いたり、逆に「工場では5Gによる通信は実効性がない」と思い込んで可能性を閉ざしたりと誤解が多すぎるように感じます。

まずは「5G」とは何か、説明してください。

柏尾氏:5Gは「第5世代移動通信システム」を意味します。「5th Generation」(第5世代)を略して「5G」というわけです。2019年は「5G元年」と言われており、米国や韓国、英国など世界19カ国で商用サービスがスタートしています。日本では2020年3月から順次、各社が商用サービス開始とアナウンスされています。

 5Gの主な特徴は「高速大容量」「高信頼・低遅延」「多数同時接続」の3つとされ、現在広く使われている「4G」に比べて大幅に性能が向上すると言われています。移動通信システムの標準化団体である「3GPP」が、その仕様や要求条件をまとめ、国際標準化を進めています。ただし実は、この3つの主な特徴のうち、現段階で使えるのは「高速大容量」のみ。さらに基地局の整備が終わった限られたエリアでのサービス開始になります。

 「高信頼・低遅延」「多数同時接続」の2点については現在、3GPPが標準化を進めています。標準仕様が固まっても、その仕様に準拠した基地局や無線端末がすぐに製品化されるわけではありません。LSIベンダーが仕様に基づいた無線チップを開発してから、基地局や端末が製品化されるまでに最低でも2年はかかるはずです。「高信頼・低遅延」や「多数同時接続」の実用化は早くても2022年以降になるでしょう。日本国内での本格的な普及は3、4年後になると予想しています。この点も十分、周知されていません。

3つの主な特徴を、もう少し具体的に説明してください。

柏尾氏:先行して実用化される「高速大容量」ですが、当初の5Gの仕様上の最大速度は上りが10Gビット/秒、下りが20Gビット/秒です。この通信速度ならブルーレイディスクにも収まらない高解像度・高画質の8Kの動画を、楽曲1曲のサウンドファイルと同じ感覚で気軽にダウンロードできるようになります。

 工場など製造業界にとっては高精細な映像を扱えるようになる点で有効でしょう。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)の活用が現実的になります。VRを使って、遠隔地から熟練の作業員が初心者の作業員に指導する際など、初心者の作業員に見せる映像が高精細なほど正確に技術を伝達できるはずです。

 ただし、工場など製造業界にとって重要なのは、むしろその後に実用化される「高信頼・低遅延」と「多数同時接続」の方です。伝送成功確率が99.999%で無線区間の遅延時間が1ミリ秒になるとされる「高信頼・低遅延」が実現すれば、従来のWi-Fiの「通信が遅れたり、途切れたりする」という欠点が解消されます。ロボットの遠隔作業や生産ラインの非常停止などを確実に実行できるようになるわけです。

 極端な例ですが、ロボットアームがそばにいる作業員にぶつかりそうになったとき、その動きを止める操作をしても通信が遅延したり、途切れたりすれば作業員を危険にさらす事態になります。生産ラインのベルトコンベヤーを非常停止したいときも同じです。わずかな遅れが大きな事故につながりかねません。Wi-Fiではこの点に不安があったからこそ、工場の無線化を十分に進められなかったのです。

 この「高信頼・低遅延」と、理論上は1km四方当たりで100万台のデバイスと同時に通信できるようになるという「多数同時接続」が実現すれば、生産現場では多数のロボットを無線で滞ることなく制御でき、大量のセンサーから確実にデータを無線で送信できるようになります。なかなか実現できなかった「工場の無線化」が現実になるわけです。

 もう1つ、開発が進められている自動運転での利用に期待が集まっています。運転手のサポートレベルではなく、完全自動運転を実現するには、自動車内の情報だけで全てを判断できません。車両に搭載されたセンサーやカメラで情報を収集するだけでなく、自動運転のために必要な情報を送信するサーバーなどからのデータを、道路の信号機に取り付けられた自動運転用の通信装置などを介して取得する必要があります。こうしたデータによって周囲の状況を分析・把握して、アクセルやハンドル、ブレーキを制御するわけです。周囲を走る車両などとも通信する必要も出てきます。

 完全自動運転のためのデータのやり取りで遅延が生じたら事故の発生につながります。乗車している人の身体や生命に関わりますから、「通信が遅延しない、途切れない」5Gが有効だと期待されているのです。個人的には、5Gといえども完全自動運転にはまだ十分ではないと考えていますが、高信頼・低遅延という特性が自動運転に向いているのは間違いないと思います。