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 2020年10月1日に東京証券取引所(以下、東証)の売買システムが故障した。バックアップ装置への切り替えが機能しなかった。このような不具合は、今のシステムとなってから2度目とのことだ。2005年にもシステム障害が起きている。

 ものづくりの視点からいえば、2度の不具合の原因が同じなら「再発」だ。ただし、原因が異なれば、再発ではなく、新たな原因による不具合ということになる。いずれにせよ、品質不具合の「未然防止」ができなかったとことに変わりはない。今回の東証のシステム障害は、あらゆる故障を想定して事前に対策を打つ「未然防止の難しさ」を改めて示した事件だと言える。

 品質不具合の未然防止については、本コラムでもさまざまな視点で触れてきた。だが、大切なことなので、もう一度振り返る。「同じ失敗を繰り返さない」という視点で、かつて以下のように述べた。

 品質不具合を起こした企業に、その品質不具合が「またやってしまった(同じ原因の失敗を繰り返し起こした)」のか、それとも「こんな故障は初めてだ(経験したことのない原因で起きた)」のかと聞くと、多くの企業が前者(繰り返し)だと答える。歴史のある企業ほどその傾向が強い──と。

 そう、多くの企業が過去に生じた品質不具合を再発させているのである。従って、その件数を減らす最も効果的な方法は、「過去を振り返る」ことだ。品質不具合を起こすと大変な思いをするが、意外なことに品質不具合の件数を減らす取り組みはシンプルなのである。

 ただし、過去を振り返るのはシンプルではあるが、実は簡単なことではない。2つの壁がある。

過去の品質不具合の失敗から学ぶべき2つの「教訓」
過去の品質不具合の失敗から学ぶべき2つの「教訓」
[1]技術上の教訓と[2]管理上の教訓がある。品質不具合の再発を防ぐためには、これらの両方を職場や会社に残さなければならない。(出所:日経クロステック)
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過去の品質不具合経験を生かしにくい理由

 まず1つ目の壁。品質不具合が起きると大変だと衝撃を受ける。しかし、大きな品質不具合であっても、発生から 3 年、5 年と時間がたつにつれて印象は薄れていく。しかも、品質不具合を起こしたのが隣の部署やグループ会社など、自分の職場から距離が遠くなるほどその印象はどんどん薄れていく。どんなに大きな品質不具合だったとしても、頭の片隅に埋もれていくものだ。

 企業には、歴史の長さの分だけ品質不具合を含む過去の失敗経験がある。何もしなければ、その貴重な経験は歴史の中に埋もれていく。この貴重な経験を残し、伝えることができない企業は、以前と同じ原因の品質不具合をまた起こしてしまう。

 そこで、企業は失敗の経験を忘れないように仕組みを工夫する。失敗事例を記録し、勉強会を持つだろう。だが、このようにして過去の経験を知っても、同じ失敗を防ぐのは簡単ではない。「こんな失敗があったな。そうだ、今取り組んでいる設計のこの箇所は要注意だ!」などと、過去の経験を今の仕事に「関連付ける」ことが難しいからである。過去の品質不具合の経験を知っていることと、今の設計にその経験を生かすことはイコールではない。これが2つ目の壁だ。