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 2021年10月末、名古屋市で開催された展示会「オートモーティブワールド」を見学した。新型コロナウイルス感染症対策を施した上で、多くの企業が技術を披露していた。今年は中規模企業の出展が多かったが、展示ブースを訪れるごとに「こんなことができるのか」と驚いてばかりの1日だった。表面に塗装していた樹脂部品に対して樹脂成形だけで同じ光沢を出す、複雑なダイカストの試作品をわずか1週間で中国から届けるなどなど、各社の説明に聞き入った。

 そうした説明を聞きながら、同時に思ったことがある。「技術は進化する。進化し続ける。にもかかわらず、品質不具合は思うほどには減らない」と。

 さらにこう思った。「品質不具合を減らしたい、なくしたいは、全ての製造企業の強い願いだ。その思いにかなう展示会があれば、品質不具合はもっと減る。技術にフォーカスした展示会はさまざまあるが、品質不具合の取り組みに焦点を当てた大規模な展示の場はあるのだろうか。品質不具合未然防止の展示会が必要だ」と。

 もちろん、「技術が進化しさえすれば、品質不具合は減る」と考える人もいるだろう。ところが、技術の進化だけでは品質不具合を大きく減らすことができないという、厳しい現実がある。仕事柄、製造業に従事する人に「5年前、10年前より品質不具合は減っていますか」と問い掛ける機会は多い。だが、「減っている」という返事はまれなのだ。

 では、何が必要か。品質不具合を減らすには、「技術+α」が必要なのだ。かつてこのコラムで触れたが、「α」とは「管理や仕組み」である。

妥協すると市場から「しっぺ返し」を受ける

 技術は、製品を構成する3つのコンセプトである[1]Quality(機能、性能、信頼性、体格、美しさなどの諸言)、[2]Cost(原価)、[3]Delivery(開発日程)の実現に必要だ。これら3つのコンセプトは、お客様にとって「価値あるアウトプット」である。

 技術は、お客様に「価値あるアウトプット」を提供する。しかし、時として「有害な損失」をもたらす。この有害な損失こそ、品質不具合だ。なぜ、技術が進化しても有害な損失が出るのか。私はこう考える。

 今や、火星の近くのごく小さな惑星から岩石を地球へ持ち帰ることまでできる。宇宙飛行士ではなくとも宇宙旅行が楽しめる。科学技術の進化はかくも素晴らしく、ものづくりの世界では「できないことがないほど」だ。一方で、製造業は依然として「品質不具合と縁が切れない」。「できないことがないほど」と「品質不具合と縁が切れない」は、一見大きな矛盾に感じる。この矛盾への折り合いを、私は次のようにとらえる。

 朝、テレビ番組のアナウンサーが「今日、種子島宇宙センターからロケットを打ち上げます」と伝えていたのに、仕事から帰ってくると「カウントダウン中に不具合が見つかったので打ち上げは中断されました」と言っている。不具合が見つかれば延期だ。当然、人・もの・金(以下、「リソース」という)も投入されるであろう。

 ところが、製造業は延期というわけにはいかない。納期は厳守だ。遅れたら顧客の組み付けラインを止めることになりかねない。顧客に多大な迷惑を掛け、築き上げた信頼は一瞬にして失墜する。ダメージはあまりにも大きい。

 おまけに、リソースも厳しい。多くの場合、必要最小限しか提供されないであろう。もう一人工(いちにんく)あれば、もう1週間あれば、懸念点をもっと深く検討できたかもしれない。しかし、「ここまでだ。出図せねば」となって、納期通りに出荷しなければならない。

 だからと言って、「ここまでしかできなかった」で済まされないのが、ものづくりだ。「ここまでしか」は、品質不具合となって表れる。たとえ自社の工程内の検査や納入先の検査は通過できたとしても、市場からクレームという「しっぺ返し」を受けることになる。従って、「リソースと納期が厳しい職場だから仕方がない」といった言い訳は通用しない。