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古谷 賢一=ジェムコ日本経営、本部長コンサルタント、MBA(経営学修士)
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古谷 賢一=ジェムコ日本経営、本部長コンサルタント、MBA(経営学修士)
 

 年間50~100といった数の工場を10年以上にわたって見続けてきた。私は工場に行くと、必ず「ものづくりの基本が現場から薄れているのではないか?」と問題提起するのだが、これに対する反応に明確な傾向がある。

 概して、同業他社などと比べて力量(レベル)が優れていると感じる工場では、「ものづくりの基本ができていないのではないか」との私の指摘に対して前向きに反応する。管理者の口から「今、自社でできていないこと」が次から次へと出てくるのだ。これに対し、同業他社などと比べて力量が劣っていると感じる工場では、「ものづくりの基本ができていないのではないか」との指摘に対し、後ろ向きの反応をみせる。

 劣っていると感じる工場で耳にする言葉は、「知っている」、「できている」、「やっている」の3つの「勘違いワード」だ。どれほど優秀な工場でも完璧というものはなく、やるべきことは必ずある。やっているけれどまだ十分ではない、やりたいけど手が付けられていない、といったことが生産現場を見ていれば少なからずあるのだ。3つの勘違いワードを口にする工場には、「(良くするためには)まだやるべきことがある」というどん欲な改改善や革新の姿勢が弱い。残念ながら、こうした工場は成長や改善を常に追い求めている強い工場とは言い難い。

強い工場づくりのポイント

 強い工場とは「現状に甘んじない工場」のことである。漸進的な改善活動でも、飛躍的な革新活動でも、現状とあるべき姿との差異(ギャップ)を捉え、それを課題として改善・革新を行うべきである。

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 競争の厳しい産業界で、何の改善もしていない工場はないと言ってよいだろう。だが、改善や改革は何かしら行っていても、完璧ではない。「知っている」けれども、まだ十分に理解しきれていないことがあり、「できている」けれども、まだ手を付けられていないこともある。そして「やっている」けれども、まだ十分ではないこともあるのだ。強い工場ほど、冷静に足りないことを探し続け、足りないところを補うべく活動を続ける。こうした工場こそが 「成長する強い工場」と呼ぶにふさわしい。常に足りないところを補う改善体質が求められるのである

あるある事例

 新しく工場長に就任したA氏は、いくつかの職場を経験し、改善活動では定評のある存在だった。そこで、その腕を買われてある工場を任されることになった。就任に際し、A氏は上司の取締役から次のような忠告を受けた。「今度、赴任してもらう工場は、これまでの職場とは大きく性格が異なっている」。A氏は比較的、自由闊達な事業分野で腕を振るってきた。顧客も部品メーカーもフットワークは軽く、改善には常に前向きな業界が相手だった。しかし、新しく赴任する工場は、社内でも歴史が長く伝統ある事業分野の基幹工場だった。どちらかと言えば保守的な業界のため、工場の動きは良くも悪くも重かった。

 赴任したA氏は、さっそく工場の現状把握に乗り出した。さすがに歴史のある工場だけあって、詳細まで規定されたマネジメントシステムが運用されており、基準類などもかなり整備されていた。工場の実績を確認しても、納期や品質について一定以上の水準を維持していることを示していた。

 しかし、生産現場をくまなく見て回ったA氏は、QCDに大きな問題はなかったものの、「何かおかしい」と違和感を持った。最も強く感じたのは、生産現場の「5S」が形だけになっているようだということ。確かに、職場にある設備やものは直角や平行に置かれており、一見したところ整然としていた。だが、よく見ると今の生産に必要のないものが工程内の随所に置かれており、とても整理ができているとは思えなかった。さらに言えば、作業性や品質確保、そして安全確保を考え抜いた置き方になっておらず、整頓ができているとも言い難い。

 詳細に現場を見てみると、至る所に改善のネタが転がっていることも見えてきた。生産性も品質も、まだまだ改善する余地があると確信したA氏は、職場の課長たちを集めて自分の所見を説明した上で、基本に立ち返ってやるべきことを確実にやっていこうという趣旨の話を切り出した。

 ところが、課長たちの反応は散々であった。まず「工場長、今さら5Sとはどういうことですか? 私たちは、もう何回も5Sの研修を受けましたよ。外部の講習にも行ったばかりです」とかみつかれた。A氏は「分かっているんだったら、ちゃんとやってくれよ」という言葉を押し殺しながら「まだまだ改善すべき所はあるだろう」と切り返すと、「既にやるべきことはやってきました」とにべもない。

 A氏はさらに、この工場の改善活動が経営成果につながらず「活動そのものが目的化した状態である」と感じたので、遠回しにその点を指摘した。ところが、「継続的な改善活動の何が悪いのですか!」と反発をくらってしまった。A氏は「知っている」、「できている」、そして「やっている」の3つの勘違いがそろった現場を前に、改善への道のりが遠いことを痛感した。