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【質問】

 先月、國井先生のコンサルテーションを受けた企業の者(技術系役員)です。コンサルテーションの際、韓国企業が「完全図面レス」を2013年1月から実施していたことを知り、非常に驚きました。当社は後れを取っているのではないかと、とても不安になります。先生が指導しているあるクライアント企業では、完全図面レスの次に来る設計改革を進行中だと伺いました。機密内容が多い改革だと推察しますが、その設計改革を可能な範囲で教えていただけませんでしょうか。

 この質問に対する私の回答はこうです。

【回答】

 有名料理店を取材するテレビ番組を見ていたときのことです。その店の店長が厨房に取材クルーを招き入れ、食材や調味料をほぼ全て公開していました。リポーターが「そこまで、教えていいんですか?」と聞くと、店長は「構わないよ。これだけでは、絶対にまねできないからね」と自信満々でした。その時、「私も設計職人としてこうありたい」と思いました。では、完全図面レスの次に来る設計改革を可能な限り公開しましょう。

 完全図面レスの次に来る設計改革とは、ずばり「ダイレクトデザインレビュー(DDR)」です。実は、私の事務所の造語です。なお、この後に出て来るバーチャルデザインレビュー(VDR)やバーチャルエンジニアリング(VE)は有名な用語で、DDRとは違って私の事務所の造語ではありませんので、注意してください。

DDRとVRとは

 歴史をたどると、製造業におけるコンピューターの活用は、研究開発や設計部門よりも先に製造部門から始まりました。産業用ロボットに代表される自動化ラインが構築されたのです。その後、製造部門と設計部門の橋渡し役として導入されたのが2D-CADやCAD/CAMでしょう。

 その後しばらくは大きな進化はなく停滞していましたが、ある時、一気に設計部門に普及したのが3D-CADです。「2001年はCAD元年」と呼ばれ、日本の自動車企業から高価な3D-CADの積極的な導入が進みました。便利な開発ツールである半面、トラブルが頻発しやすいという課題もあります。

 そのトラブル頻発の一因が「いきなり設計」です。いきなり設計とは、設計者が何の考えも計画性も持たず、設計書も用意せずに、3D-CADに向かって構想図どころか、「絵」を書き出してしまう行為のことです。ある辛口のベテラン設計者は、彼らを設計者とは呼ばず「造形者(モデラー、3次元モデラ―)」と呼んでいました。

 このままではまずいと、研究開発や設計部門向けに用意されたのがCAE(Computer Aided Engineering)です。いわゆる、コンピューターシミュレーションのことです。ここからCAEは大きな変化を遂げていきます。3Dプリンターもその類いであり、3D-CADのデータを仮想現実(VR)空間で再現し、遠隔地でも複数メンバーでもデザインレビュー(DR)がリアルな感覚で実行できるようになったのです。そのソリューションがバーチャルデザインレビュー(VDR)です。

 さらに、VR空間を設計だけではなく、検査や組み立て、分解、保全、各種評価や衝突試験まで製品のライフサイクルにわたって評価しようというのがバーチャルエンジニアリング(VE)です。

 ここまでの理解し難い単語を以下に集めてみました。

  • ①産業用ロボットに代表される自動化ライン
  • ②2D-CAD
  • ③CAD/CAM
  • ④3D-CAD
  • ⑤2001年CAD元年
  • ⑥3次元モデラー
  • ⑦CAE
  • ⑧3Dプリンター
  • ⑨バーチャルリアリティー(VR)空間
  • ⑩バーチャルデザインレビュー(VDR)
  • ⑪バーチャルエンジニアリング(VE)

99.6%の企業にVDR/VEの実施は不可能

 本コラムのシリーズで何度が解説していますが、日本には企業が300万社あり、そのうち工業関連企業は100万社。そのうちの99.6%が中小零細企業です。

 私の事務所の中小企業であるクライアントに、「ダントツ企業を目指そう」とか「ナンバーワン企業を目指そう」という言葉が口癖になっている社長がいます。社員向けの士気向上や社内ポスターのタイトルなら構いませんが、掛け声だけで実行は無理です。これは、例えるなら偏差値35の受験生が、気合だけで偏差値70の大学に合格しようとするようなものです。

 前述の⑩VDRや⑪VEなどを口にすると、最先端を行っている優越感に浸れるかもしれません。しかし、残念ながらこれも99.6%の企業が実施するのは難しいでしょう。なぜなら、VDRもVEも完璧な設計状態のCADデータとVR空間を前提としているからです。言い換えると、完璧な部品や組立体のCADデータありきの発想です。失礼ながら、私には実務経験の少ない人間が好みそうな発想に思えます。

 ここで、CADとは何であるかを私なりに簡単に解説しましょう。CAEの一例を、図1に掲載しました。CAEを推進することは、とても効率の良い設計改革です。しかし、加工が困難な部品や高コストな部品、組み立て不可能な商品や不良商品にCAEを施すことほど、ムダな設計プロセスはありません。

図1●缶ビール用アルミ製容器の応力分析(CAEの一例)
図1●缶ビール用アルミ製容器の応力分析(CAEの一例)
(出所:構造計算テクノロジー、國井技術士設計事務所)
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 CAEやVDR、VEは、1つひとつの部品や組立体が完成形でないと実施できません。一方、部品や組立体が完成するのは、設計プロセスの終盤です。中盤や前半とは、とても言えません。従って、開発に必須な「フロントローディング開発」の真逆である「バックローディング開発」となります。

 開発の効率化を目指す設計改革を望むなら、バックローディング開発ほど設計効率の悪化する開発体制はないと思います。我々設計コンサルタントの仲間では、「勝ち組のフロントローディング開発、負け組のバックローディング開発」と呼んでいるほどです。ちなみに、「バックローディング開発」も私の事務所の造語です。