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社長の決断

 念のために言っておきますが、私はBさんが嫌いというわけではありませんし、ウマが合わないとも思っていません。逆に、非常に相手を思いやることができる大変心優しい人であり、気を遣ってもらっていると感謝しています。

 実際、Bさんは社員に対しても優しく、社員から信頼されています。そのため、Bさんの所にさまざまな意見が届くようです。だからこそ、この場面でも社員の意見を聞いて反対の立場を取ったのでしょう。そうしたところがBさんの良い面でもあると思います。

 しかし、A社で改善を進めるにつれて、Bさんの良い面が改善にとって後ろ向きに作用するということが徐々に明るみになってきました。A社では勉強会以外にもさまざまな改善活動を試みています。勉強会は、改善活動の中でも比較的軽微なもの。社内では、他に部署の新設や異動などを伴う大掛かりなものも検討中でした。勉強会という比較的小さな改善で、役員が社員の側に立つというのは考えものでした。

 当然ですが、会社としては、経営課題を解決するために改善活動を行っているわけです。もしかすると、A社の場合は「会社としては」ではなく、「社長としては」と言った方が良いかもしれませんが。

 もちろん社長も、社員の声を完全に無視できるわけではありません。しかし、一般には社員の声を聞きながらも改善を実行しきってこそ、経営課題を解決できるというものです。仮に、反対を押し切って断行する場合でも、です。

 そのため、経営者であれば、社員の声や反対意見にも耳を傾け、それらに配慮しながらも、経営課題を解決することに全力を尽くすべきだと思います。社員の声や反対意見も聞くが、改善案はやり遂げるのです。

 しかし、全ての経営者がそうではないでしょう。Bさんも苦しんだのだろうと思います。やるべきことは分かっている、しかし、これまで培ってきた社員との信頼関係や、Bさんの人格・人望といったものが、改善案を実行することを否定させたのではないかと思います。

 Bさんは最後に押し黙ってしまいましたが、その表情からは対案を出せないことへの後ろめたさを感じませんでした。

 「人生は選択の連続」と言います。この言葉は、選択によって自分の人生を作るという意味があるように思います。Bさんには「社員の反対を押し切ってでも改善をやりきる」という選択肢と、「社員との信頼関係を選んで社員の反対意見を支援する」という選択肢があったはずです。しかし、私にはBさんが前者を選択できるとは思えませんでした。それはBさんの人格を変えることに等しいように感じたからです。

 ここぞというときに、情に流されずに冷徹な判断を下すことは経営者には必ず求められることだと思いますが、それができる人格を備える人はなかなかいないと思います。善し悪し(よしあし)や優劣といった話ではありません。単純に冷徹な判断ができるのかできないかを書いているつもりです。

 企業経営には改革がつきものです。現状を改革しようとするのであれば、ときには冷徹な判断が必要であることは言うまでもありません。社員受けばかりを考えてはいられない。ときには、全社員に反対されたとしても、改革をやりきるしかない状況はあるのです。