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高収益化支援家、弁理士 中村大介
高収益化支援家、弁理士 中村大介

 「あー、そうですか。それは素晴らしいですね」。A社の社長がにこやかな表情でこう返したとき、私は「まずいな」と思いました。数年前の出来事です。A社の会議室でコンサルティング結果を報告した後、次の課題について話していた時のことでした。

 コンサルティングでは技術戦略を策定していました。技術戦略とは、会社の技術的な方向性を明確にするものです。そして、A社で話していた課題とは、まさにその方向性を明確にすることでした。

 実は、戦略の策定には、実行することを明確にするという良い面がある一方、あまり良くない面もあります。策定した技術戦略に沿って実際に資金や人を投入するためには、「実行しないこと」を明確にしなければなりません。つまり、これまでやっていた開発テーマの一部をやめるなどの決断が必要となり、「痛み」を伴うのです。

 「戦略」という言葉にはさまざまな定義があります。我々が話し合った「戦略」には、米国の経営学者であるマイケル・ポーター氏が言った次の言葉に近い意味がありました。

 「戦略とは、何をやらないかを明確にすることだ」──。

 冒頭の社長の言葉を額面通りに受け取れば、私たちの戦略を受け入れて「それで行きましょう」というふうに聞こえます。しかし、私がまずいと感じた理由は、社長の表情にその実感がこもっていないからでした。

 私たちが話し合っていた戦略が、「実行しないこと」をも明確にするということを理解していれば、当然、にこやかな表情などできないはずです。負の側面があることも知ってこの戦略を採用するのであれば、本来は責任者として苦渋の表情が浮かぶはずだからです。たとえその表情がにこやかなものだったとしても、目尻の下がるような笑みではなく、苦渋の表情を隠した笑みであるはずだと私は思うのです。

 にもかかわらず、社長の目尻の下がった屈託のない笑顔に、私は「まずいな」と感じたというわけです。

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