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 これまで2回にわたって取り上げてきたマツダ「CX-60」も、今回が最終回。今回は、シャシーの考え方について取り上げたい。前々回のコラムで触れたように、CX-60は「意のままに操れる」というマツダの一貫したクルマづくりのポリシーをさらに高いレベルに引き上げることを狙って開発されている。その考え方が最も強く表れているのがこのシャシーの設計なのである。

意のままに操れることを重要視して開発されたCX-60(ディーゼルエンジンを搭載したマイルドハイブリッド仕様)の透視図
意のままに操れることを重要視して開発されたCX-60(ディーゼルエンジンを搭載したマイルドハイブリッド仕様)の透視図
(出所:マツダ)
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なぜリアはマルチリンクか?

 CX-60のシャシーでまず注目したのがサスペンションだ。「あれ?」と思ったのがリアサスペンションにマルチリンク式を採用していることである。しかも、最近多い4リンク式ではなく、5本のリンクを用いたフルマルチリンク式である。多くの読者には釈迦に説法だろうが、タイヤにはX、Y、Zの3次元の位置と、それぞれの軸回りの合計6つの自由度がある。このうち、タイヤの回転方向の自由度を除く5つの自由度を制御するには、理論的には5本のリンクが必要になる。

リアのマルチリンク式サスペンションの構造が分かる模型。マツダがラージ商品群のサスペンションの働きを説明するために製作した
リアのマルチリンク式サスペンションの構造が分かる模型。マツダがラージ商品群のサスペンションの働きを説明するために製作した
(出所:筆者が撮影)
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 4本のリンクで済ませる場合には、1本のリンクで2つの自由度を制御する設計になる。マツダがあえて構造の複雑な5本のリンクを採用したのは、タイヤの動きを制御する自由度を上げたいからだ。筆者がCX-60のリアサスを見て「あれ?」と思ったのは、マツダがスモール商品群を発表したときの説明と異なっていたからだ。

 現行型「マツダ3」や「CX-30」といったスモール商品群は、リアサスに構造のシンプルなトーションビーム式を使っている。トーションビーム式はサスペンションと車体の接合点が2カ所しかない。このためタイヤから車体に伝わる情報がシンプルで、直感的にドライバーに分かりやすいのがメリットだとマツダは説明していた。これに対して今回CX-60に採用されたリアサスは車体との接点が10カ所もある(正確にはサブフレームとの接点ということになる。ばね、ダンパーとの接点は除く)。この食い違いをマツダのエンジニアに問うと、次のような説明が返ってきた。

スモール商品群のサスペンション。リアサスには構造がシンプルで、車体との接点が少ないトーションビーム式を採用している
スモール商品群のサスペンション。リアサスには構造がシンプルで、車体との接点が少ないトーションビーム式を採用している
(出所:マツダ)
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 スモール商品群のように、フロントにストラット、リアにトーションビームを採用すると、確かに路面からの入力が直感的に分かりやすいものの、サスペンションが上下動したときにピッチング(車両の前が沈むと後ろが持ち上がり、後ろが沈むと前が持ち上がるような車体の動き)を起こしてしまう。このピッチングは、アンチダイブ(ブレーキをかけたときのフロントの沈み込みを抑える)や、アンチスクォット(加速時のリアの沈み込みを抑える)機能を備えるようにアームを配置しようとすると、ストラットとトーションビームの組み合わせでは避けるのが難しかった。

 これに対して、フロントにダブルウィッシュボーン、リアにマルチリンクを組み合わせると、アーム配置の自由度が増し、アンチダイブ、アンチスクォット特性を持たせながら、ピッチングセンター(ピッチングを起こす軸)を車両の後方にずらすことができる。ピッチングセンターが車両の後方にあれば、車体の動きはピッチングではなく、上下動に近い動きになる。ピッチングではドライバーの視線の向きが上下にぶれるが、車体の上下動であればぶれにくくなり、乗員の乗り心地も良くなる。このように、CX-60のサスペンションは、ばね上の姿勢を安定させること、ひいてはドライバーの視点を動かさないことに重点を置いて設計されている。

スモール商品群ではフロントにストラット式、リアにトーションビーム式のサスペンションを採用していたため、ピッチングセンターがホイールベース内にあった。これに対して、CX-60ではフロントにダブルウィッシュボーン式、リアにマルチリンク式サスペンションを採用した。これによりピッチングセンターを車両後方にずらすことで、ピッチング挙動をバウンス挙動に変換した
スモール商品群ではフロントにストラット式、リアにトーションビーム式のサスペンションを採用していたため、ピッチングセンターがホイールベース内にあった。これに対して、CX-60ではフロントにダブルウィッシュボーン式、リアにマルチリンク式サスペンションを採用した。これによりピッチングセンターを車両後方にずらすことで、ピッチング挙動をバウンス挙動に変換した
(出所:マツダ)
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