2022年11月16日に発表された新型「プリウス」を見て、このクルマの開発者はどれほど苦悩しただろうかと、余計な心配をしてしまった。これまでプリウスは「HEV(ハイブリッド車)である」ということそのものが最も大きな存在理由であり、HEVとはどうあるべきか、を常に体現し続けてきた。ところが今、その「HEVである」ということの価値そのものが揺らいでいる。
これまでプリウスが追求してきたHEVの正義とは、効率の追求であり、より簡単に言えば、高い燃費性能である。2015年12月に発売された先代(4代目)プリウスは、「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」プラットフォームを初めて採用し、ハイブリッドシステムも刷新することにより、一部グレードでJC08モード40.8km/Lという低燃費を実現したのが最大の特徴だった。プリウスの燃費は、トヨタの環境技術の象徴だったのである。
プリウスをタクシー専用車に?
しかし、先代プリウスが発売されてから7年の間に世界は大きく変わった。EV(電気自動車)化という新たな潮流によって、HEVは「古い世代の環境技術」と見なされるようになってしまった。もちろん、火力発電の比率が高い国や地域では、必ずしもEVのほうがHEVより環境負荷が低いとは限らない。それでも「HEVが最先端の環境車である」というイメージは、この7年でかなり薄れてしまった。
加えて、日本で売られているクルマのおよそ半分をHEVが占めるようになった現在(日本自動車販売協会連合会によれば軽自動車を除く登録車の国内販売に占める比率は2021年度に約45%を占めた)では、もはやHEVは特別なクルマではなくなった。プリウスと同じCセグメントの「カローラ」にもHEV仕様が用意されていることを考えれば、もはや「燃費」だけでは売り物にならない。新型プリウスは、まったく新しい個性を追求することを余儀なくされたのである。
発表会で登壇したトヨタ自動車クルマ開発センターデザイン統括部長のサイモン・ハンフリーズ氏はスピーチの冒頭で「今、EVが注目を集める中、この言葉を聞かない日はありません。『#いつまでハイブリッドをつくり続けるんだ…』」と、HEVへの逆風が強くなっていることを率直に語った。しかし「(豊田)章男社長は『プリウスは、どうしても残さないといけないクルマ』だとこだわった」(ハンフリーズ氏)。ではどうするか、豊田社長からは「真の『コモディティー』にすべきでは」という提案があったという。その内容は「プリウスを、タクシー専用車にしてはどうか」というものだった。走行距離の長いクルマとして台数を増やしてこそ、環境貢献につながるという発想だった。
しかし、ハンフリーズ氏らはもう1つの選択肢にこだわった。すなわち「愛車としてのプリウス」である。そしてこれまでのプリウスは燃費や効率などの数字を追求してきたのに対し、新型プリウスはエモーショナルな魅力を追求するという大きな方向転換をした。そのポイントは2つに集約される。「一目ぼれするデザイン」と「虜(とりこ)にさせる走り」である。