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日本刀の「見え」について

 昨今刀剣女子なる言葉が生まれるほど、オンラインゲームに端を発した日本刀ブームが到来している。著名な日本刀作品をそれぞれのイケメン男子に擬人化して合戦させ育成、自らの世界を構築していくもので、ちなみに当館にも国宝『明石国行』君がいる。当ゲームについて私は未踏であるが、言わせていただくなら日本刀はそもそもイケメンであって、なのである。ではその日本刀の見所について少し紹介したいと思う。

 日本刀は湾刀(わんとう)、鎬造(しのぎづくり)を基本形とする。湾刀とは反りを有すということであり、鎬造とは断面にすれば刃と棟の間に更に1つの稜線が形成されるということである(図3)。大陸伝来の直刀から、この日本刀独自の形が生まれるのが平安時代後期(10世紀)である。そしてこの姿は戦闘様式などの変容を踏まえ、時代とともに各部の数値が変化していく。換言すれば作品の姿を見ればおおよその時代が把握できるということである。地鉄には鋼の鍛錬などから生成される層により木目状の肌模様が現れる。これは素材や鍛錬法の違いに多く関与するゆえ、刀剣の制作された国や流派を知る貴重な手掛かりとなる。そしてむろん、日本刀には刃部が形成される。草創期の刃文は無作為に創生されたものと捉えられるが、時代が降るにつれ、刀工は刃文に自らの個性を映すようになる。土置き(刃部を形成するため耐火性の粘土に木炭と砥石の細粉を混ぜたものを塗る作業)の仕方、焼き入れ(約800度に熱したものを頃合いを見て急冷する、図5)時の違いなどにより、様々な刃文が形成される。刀身制作における焼き入れ作業はまた、地刃における様々な微細な景色を表出させる。これらを「働き」と呼称するがこれが刀身の表情をより豊かにする。加えてこの焼き入れにより組成されるマルテンサイトやトルースタイトといった組織の混在形態が、刀身を研いだ際に「沸」(にえ)や「匂」(におい)という粒子の美しさ(図6)となって日本刀鑑賞の醍醐味をもたらすのである。

図5 焼き入れ
図5 焼き入れ
©吉原義一
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図6 沸・匂(にえ・におい)
図6 沸・匂(にえ・におい)
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 ところで焼きが入る温度選定は刀工の視覚によるものである。約800度とは柿の実色という。学会誌上の発言としては全くお粗末だが、絶対温度Kとはこの摂氏に273.15を足したもので、ケルヴィンというイギリスの物理学者の名からとったことを初めて知る6)。冶金学上焼き入れとは端的に、鋼中の炭素量が低いと炎は高い温度で明るくなり、炭素量が高いと低い温度で明るくなるわけであるが、高低差摂氏約十数度、その微妙な鋼の赤みを刀工は的確に判断する(図5)。

 さて、日本刀鑑賞において再述となるが地鉄はベース照明による面照射で認識し、刃文および働きのもろもろは自らスポット光源の光を拾いつつ点で追うがごとく見ていくものである。従来博物館ではこの地鉄用面照射には蛍光ランプを、スポットの点光源には白熱ランプを用いていた。

 2014、15(平成26、27)年当時のLEDスポット照明は、まず刀身全体にガソリンをまき散らしたかのグレアを放っていた。古刀として分類される慶長年間(1596~1615)以前の日本刀が、皆ぎらついて幕末の19世紀以降の刀身に見えてしまう。本来の刃文は見えず、刃取り(刃を白くより美しく際だたせるために行う作業で、刃文の形を忠実に拾っていく差し込み研ぎと、明治時代以降主流となった化粧研ぎに大別される)により周囲を白く象った形のみを拾ってしまう。刃中・刃境の「働き」の景色は浮いてこない(図7)。

図7 化粧研ぎの様子
図7 化粧研ぎの様子
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 こうした難問を実際の目で確かめていただくため、2015(平成27)年8月に調査委員会の皆様を当館にお招きし、実物を手にご説明させていただいた。この時、各企業のLEDスポット照明器具および有機EL器具をご持参いただき、日本刀への照射実験も行っている。

 同年10月、日本刀専門展示室を有する森記念秋水美術館が富山に開館した。展示ケースならびに照明に関しては同館の準備室の頃より情報交換をしており、むろん同館も壁面ケースLEDスポット器具の選定に関しては、より慎重に多くの時間を費やしたと拝察される。当時日本刀にはほど良い赤みが必要であろうと、双方での統一見解があり、同館は紫色LED励起チップからの開発による特注スポットという道を選ばれた。当初は色温度2400K設定であったが、現在は地鉄をより見せるため2750Kに設定しているという。

 先行する同館の情報を多々頂戴しつつ、当館においては多企業ご協力のもと、「刀剣の見え方の考察」を理論上再検討し、試行を繰り返した。照度・色温度はもとより演色性や配光、輝度の関与をも視野に入れ、展示ケースやライティングダクトの位置や仕様などもろもろの調整を含め、日本刀に適した照明を求めていくこととした。