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おわりに

 当館は日本刀を専門とする博物館である。したがって照明選定のコンセプトは明確であり、ゆえに妥協が許されないという性格の軌跡となった。例えば国や都道府県レベルの総合博物館なり、多分野にわたる所蔵品を有する館はまた違った視点でのLED照明を選択することとなるであろうし、更には入館者の客層によっても設定は違ってくるであろう。

 入館者の「目」を考えるという、後者の件に関しては調査委員会を通して得られた貴重な情報である。歳を重ねると「見え」は黄を感じやすくなるという。結果青の感知度が下がるわけで、先日何十年か振りに件のサントヴィクトワール山を拝見したが、若かりし頃の強烈な印象とは違ったものを感じたのはそういうことであろう。旧博物館の来館者層は数年前まで圧倒的に高齢の男性と外国人であった。文化財適応照度に設定しても「暗い」と指摘されることが多かったのはそうした要因も含んでいるものと思っている。現在は刀剣女子も多数いる中で、細部をどう設定しよう。自分たちが見えるだけでは不公平、サービス業は常に相手の視点を踏まえなくては、と改めて考えさせられる。

図16 新博物館案内
図16 新博物館案内
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 ここ1年で、半年で現在美術館・博物館のLED照明は格段の進歩を遂げていると実感する。同時にまた、学芸員自身もLEDの光がますます身近になる環境下で、作品の見えに対する視覚そのものにも変化が生じているものと自らを重ねつつ考える。簡単ではないことを覚悟して各々の館は各々のコンセプト、タイミング、そして制約の中で最良の選択を目指す、それに尽きると思う。その旗振りはまず、作品を知る学芸員でなくてはならない。 結果として行政はじめ多社のエンジニア、学識者の方々に大変お世話になった。そして何よりも調査委員会に所属し成長させていただきながら、一学芸員としてタイムリーに苦闘し、現時点においては悔いなきLED照明導入を実現できたことに感謝したい。

参考文献
1)數馬厚人:「水銀に関する水俣条約」制定の経緯と国内法の整備の状況、月刊文化財、637-10、pp.5-7(2016).
2)吉田直人:水俣条約による博物館照明への影響―白色LEDへの転換期を迎えて―、月刊文化財、637-10、pp.12-15(2016).
3)佐野千絵:美術館・博物館LED照明に期待する要素、照学誌、97-6、p.301(2013).
4)藤原工:LEDによる美術館照明の課題と今後、照学誌、97-6、pp.302-307(2013).
5)藤原工:学芸員のための照明ハンドブック、講談社、p.6(2014).
6)池田、芦澤:どうして色は見えるのか、平凡社、pp.10-13(2005).
7)佐野千絵:博物館、美術館における照明とLED照明の導入について、文化財の虫菌害、72-12、pp.2-9(2016).
8)美術館・博物館の次世代照明基準に関する研究調査委員会報告書、pp.8-30(2017)
本記事は、照明学会発行の機関誌『照明学会誌』、第101巻、第12号、pp.543-548に掲載された論文「刀剣博物館LED照明導入への軌跡」の抜粋です。照明学会に関して詳しくはこちらから(照明学会のホームページへのリンク)。
久保恭子(Yasuko Kubo)
久保恭子(Yasuko Kubo) 1965年生。1987年立教大学文学部卒。現在、(公財)日本美術刀剣保存協会博物館事業課長、刀剣博物館主任学芸員。著書『図解日本の刀剣』など。