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本記事は、照明学会発行の機関誌『照明学会誌』、第102巻、第5号、pp.198-203に掲載された「照明デザインのさらなる地平をめざして~研究者と照明デザイナーが語る光のスペクトル 美術品を照らす次世代の光」の抜粋です。照明学会に関して詳しくはこちらから(照明学会のホームページへのリンク)。

1.美術館で色・質感を正確に見せる光

 美術館照明の分野では従来、美術品が照らされる「照度(積算照度)」を基本的な制限基準として扱ってきた。近年、LEDや有機ELを光源とする照明が実用化され、光のスペクトルまでも考慮した照明計画が必要になってきている。討論会では千葉大学准教授溝上陽子氏をお招きし、まず「美術館・展覧会そのものへの興味」を手始めに、さらに「美術館照明のスペクトルの問題」へと議論を深めることとなった。

問1:印象に残る美術館・展覧会

 印象に残る美術館・展覧会についての感想を聞いた。

溝上氏 立命館大学の学生時代から、国立京都近代美術館、京都市美術館、京都国立博物館、京都府京都文化博物館などよく行っていた。

 中でも特に印象に残る展覧会は、伊藤若冲展(『特別展覧会-没後200年-若冲』京都国立博物館2000年10月24日~11月26日)で、その時は一般には今ほど知られておらず衝撃的だった。伊藤若冲は、その絵のリアリティや技法など、視覚研究や色彩研究の観点からも学ぶことが多く、研究者の間にもファンが多い画家だということである。

 現代美術作家の展覧会では、ジェームズ・タレルの展覧会(『光の芸術家ジェームズ・タレル展夢のなかの光はどこからくるのか?』世田谷美術館1998年8月13日~10月18日)をよく覚えている。色順応や色の見えのモード(物体色と光源色)をうまく利用する作家だった。真っ暗な部屋の中で、壁から長方形の光が発光しているように見える作品があり、光る面は壁に張り付いて見えて、実は奥の空間が間接光で照らされていた。ほかの作品では、普通は数分で通り過ぎてしまうが、奥にベンチがあって、20分くらい座っていると、だんだん良く見えるようになって監視員の人が立っているのに気づいたり、暗順応を体験できたりして非常に面白い展覧会だった。

問2:展示照明の種類・光の質が気になりますか?

 2017年に溝上氏と筆者を含む「美術館・博物館の次世代照明基準の研究調査委員会」が、国立西洋博物館で行った照明実験についての感想を聞いた(照明学会誌2017年12月号表紙および特集記事を参照)。

溝上氏 国立西洋美術館の展示照明は、蛍光灯やLEDをうまく組み合わせて効果的に照明されており、絵画への照明の当て方も、絵画表面が均一になるよう工夫されていることが、電灯を消したりいろいろな照明を当てたりしたことでよく理解できた。そのことが、計測データを比較したり、画面の細かい部分に気をつけて評価したりすることで、やはり見え方に差があることが実感できて、大変興味深い実験だった。

問3:心地良く見える光とは?

 美術館で物が「心地良く見える」ことの秘密を、光スペクトルの制御により、「物の質感」を正しく見せることで可能ではないか、という照明デザインのヒントとなる考え方について研究を紹介いただいた。

溝上氏 例えば「昼光が心地良い」というのは、照明にゆらぎがあるとか、外の光の変化に合わせて色温度を変化することで、1日の照度変化を測定して、それを再現する実験を行い、変化しない時と比べて居心地が良い、という結果が出ている。

 スペクトルの変化によって、物の見えをコントロールできる主な要素は、1つは色温度で、もう1つは鮮やかさだと思われ、白色点は同じでも、(RGB型のLEDなど)色域が広い照明を作ることは可能なことであろう。

 現在、物体の質感を正確に見せる照明、質感の印象をコントロールする照明、といった「質感照明」の特性を明らかにしたいという目標を持って研究している。照明の配光や色により、物自体の印象も変化することがあり、物体の質感を正確に見られる条件が存在すると思い、逆にこれらをうまくコントロールして、異なる印象を作り出すことができると考えている。

 照明の拡散性が物体の見えに与える影響の研究では、あまり指向性や拡散性が高すぎても不自然になってしまうので、中間のちょうど良いところがあるのではないだろうか。ということで、次章以降では溝上氏の研究紹介と、関連する東京国立博物館での照明事例を紹介したい。