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本記事は、照明学会発行の機関誌『照明学会誌』、第102巻、第11号、pp.488-491に掲載された「昆虫走光性の理解に基づいた新たな低誘虫光源の必要性」の抜粋です。照明学会に関して詳しくはこちらから(照明学会のホームページへのリンク)。

 飛んで火に入る夏の虫という諺は、古くは7世紀の中国で書かれた『梁書(りょうしょ)』に由来するとされるが1)、現代では、昆虫は火に入るよりも、照明器具に入り込むことのほうが圧倒的に多い。

 生物個体が人工光源などの光刺激に対して定位し、移動運動する行動が、狭義の走光性(光走性;phototaxis)と 定義される。個体が光源方向に近づくように向かう場合を正の走光性、反対に光源から遠ざかる場合を負の走光性と呼ぶ。広義には、光刺激を受けて運動することで結果的に光源に対して方向性をもって移動運動するような行動も走光性に含まれる。こうした光に対する生物の定位行動は、シアノバクテリアやゾウリムシなどの単細胞生物から魚類や鳥類、爬虫類といった脊椎動物まで観察されており、生物界において極めて普遍的な行動といえる。そして特に、 昆虫において広範で顕著な正の走光性が観察される(図1)。水銀ランプやブラックライトを用いた数多くの野外調査の結果から、夜行性、昼行性、飛翔性、徘徊性を問わない膨大な種類と数の昆虫が、人工光源に対して正の走光性を示すことが明らかにされている1)

 なお本稿では、「走光性」の用語を、主として昆虫の光源に対する広義の正の走光性の意味で用いることとする。

図1 白熱ランプに誘引されたガ類
図1 白熱ランプに誘引されたガ類
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