「半導体は産業のコメである」。この冒頭文の筆者は、大学を出て半導体メーカーに就職し、新入社員教育でこのように教えられた。人が生きるためには食料が必要で、日本の主食はコメだ。同様に、電子産業や情報産業はもとより、金融や物流、医療、果ては農業まで、情報やデータを扱う産業はおしなべて半導体の進化の恩恵を受ける。だから、それを自国で開発・生産できることは、国の発展につながるとても重要なことだという意味だった。だが、この言葉は、今や完全に死語である。
日本では、半導体の自給率について議論することはなくなった。必要ならば、米国や韓国、台湾からいくらでも買ってこられると考えている。実際、今は何も不自由していない。だから、半導体産業が衰退しても、その点をことさら問題視することはない。そして、米国や中国が、ハイテク、特に半導体を中心とした貿易摩擦を激化させている様子を見ても、両国の気迫や摩擦による波及効果の深刻さが今ひとつピンとこない。
ZTEの取引停止問題をキッカケにして、あらためて日本の電子産業の地政学的立ち位置を考えている今回のテクノ大喜利。5番目の回答者は慶應義塾大学の田口眞男氏である。同氏も筆者もそうだが、半導体産業に身を置いた経験を持つ人は、米国による貿易の制裁措置というと、ついつい日米貿易摩擦の当時の記憶がフラッシュバックする。魅力的な事業機会がたくさんあったのに、手出しできなかったビジネスのことを残念に思う気持ちだ。これぞ日本の特産品と呼べる工業製品がどんどん少なくなってきた今、日米貿易摩擦の当時の議論を今あらためて掘り返すことで、現在育成すべき産業は何なのかを考える際の指針が得られるのではないだろうか。
慶應義塾大学 先端科学技術研究センター 研究員
