現在の自動車業界の状況は、「百年に一度の大変革」と呼ばれているが、大変革はクルマの構造や自動車メーカーのビジネスモデルが変わるだけにとどまらない。異業種企業やベンチャーなど新規参入企業の大量参入や、今回のテクノ大喜利のテーマである自動車の開発生産を受託するODM(Original Design Manufacturing)のような新しい業種など、プレーヤーの顔ぶれと役割がガラリと変わる可能性がある。モビリティーの価値は、誰が主導して生み出し、コトであるサービスは誰が、モノであるクルマは誰が提供するのか。そうした基本的な業界構造が一変しつつあるのだ。
自動車ODMが力をつけることによる、近未来の自動車業界の姿の変貌について議論している今回のテクノ大喜利。4番目の回答者は、立命館アジア太平洋大学の中田行彦氏である。同氏は、現在のODMのような自動車業界に根付いた企業、IT企業やEMS(電子機器受託生産サービス)など新規参入企業などの動きを整理しながら、ビジネスアーキテクチャーの変化を理論的に考察。オープンプラットフォームに基づくクルマ作りの重要性を説いている。加えて、ともすれば動きが後手に回りがちな日本の自動車業界に対して提言している。
立命館アジア太平洋大学 名誉教授

今後の自動車産業は、クルマの開発手法が「モジュール化」と「すり合わせ」の間を往還しながら、産業構造が進化していくことだろう。この動きが、自動車産業の行方を決めていく。
モジュール化の名著「Design Rules : The Power of Modularity」を、Carliss Y. BaldwinとKim B. Clarkが世に出した2000年から20年余り。また、「モジュール化」対「すり合わせ」研究会を、「Design Rules」を翻訳した安藤晴彦氏と柴田友厚氏(学習院大学教授)と筆者が中心となって立ち上げて、同名の書籍にまとめたのが2014年。時間は経過しているが、モジュール化の理論は、色あせず、自動車の産業構造の進化と日本が進むべき道を読み解くのに有効であると思っている。
BaldwinとClarkは、モジュールを次のように定義している。「モジュールとは、その内部では構造的要素が強く結び付き、他のユニットの要素とは比較的弱く結び付いている、ひとつの単位である」。
図1右に示すように、モジュール内部では強く結び付いているが、モジュール間は弱く結び付いている。このモジュールを分断するのがデザインルールである。モジュール化は、製品設計から始まったアイデアだが、ビジネスに拡張され、ビジネスアーキテクチャーという概念が生まれた。つまり、モジュール化で、ビジネスを分断することにより、分業が可能になった。
一方、図1左に示すように、構造的要素に強い相互依存性があり、東京大学の藤本隆宏氏は「擦り合わせ型」と名付けている。また、日本は、この構造的要素間の強い相互依存性を組織間の微調整などでひも解いていくことから、日本は「擦り合わせ型」に強いと言われている。なお、「擦り合わせ型」に、人により種々の漢字が充てられていることから、私たちは広くカバーできるように「すり合わせ」を用いた。
要するに、すり合わせ型であったビジネスを、デザインルールにより分断してモジュールにすることにより、分業が可能になる。
分業の形態として、研究・開発、設計、加工・生産、組立、検査・出荷などに、水平分業を行う事例が多い(図2右)。半導体において、水平分業の仕掛け人は、台湾TSMCの張忠謀(モリス・チャン)氏である。張氏は、米国Texas Instruments(テキサス・インスツルメンツ)の上級副社長を務めるなど米国半導体業界で 30年以上も活躍して、台湾により1985年にスカウトされて1987年にTSMCを創業。そしてTSMCは、半導体製造ファウンドリーとして、水平分業モデルを確立した。
モジュール化が進めば、モジュール化した仕事を分業する「モジュール・クラスター」と呼ぶモジュール型の産業クラスターとなるはずである。しかし、これに対して、自動車産業においては、階層関係をもつ「系列」が形成された。つまり、系列はクローズドな階層関係を持っている(図2左)。
今回のテーマは、自動車産業において、系列からODMに成長していくかとの問いである。今まで述べてきたように、「モジュール化」対「すり合わせ」を往還しながら、産業構造は進化する。この動きが、自動車産業の行方を決めていくと言える。
この産業構造の変化から見ると、次に詳述していくように、自動車産業はODMへの変化にとどまらない。ODMを超えて、オープンEV(電気自動車)プラットフォームへと成長していくと考えられる。