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 今や世界中の先端ロジック半導体の生産を一手に担っている感がある台湾TSMC(台湾積体電路製造)は2021年2月9日、取締役会で3D IC向け材料の研究拡大を狙い、186億円を投じて日本に100%子会社を設立することを決定した。日本に、半導体の後工程の技術の研究開発拠点を置くということだ。

 2020年半ばごろから、TSMCが日本に工場を建設するのではないかといった噂が流れるようになった。今回の決定を見る限り、同社が設置するのはあくまでも研究開発拠点。それも同社が生み出す価値の中心である最先端の前工程ではなく、後工程用材料の研究開発拠点に落ち着く見込みである。その点で、米国アリゾナ州に建設する新工場とは、意味合いも投資額も大きく異なる。

 現在、日本には、キオクシアなどメモリーに関しては先端チップを開発・生産する拠点がある。しかし、ロジック関係に関しては、前工程と後工程ともに先端チップとは縁遠くなってしまった。こうした状況を鑑みながら、経済産業省商務情報政策局局長の平井裕秀氏は、2020年12月に開催されたSEMICON Japan Virtualのキーノートの中で、「日本に残されたチップメーカーを、純日本企業にこだわることなく、日本に拠点を置く企業すべてを対象に盛り上げていきたい」と半導体産業の再興・強化に取り組む意欲を明らかにしている。

 今回のテクノ大喜利では、日本の半導体産業の再興・強化という目的に向けて、TSMCの研究開発拠点設置はどのような意義、利用価値があるのか議論した。最初の回答者は、元 某ハイテクメーカーの半導体産業OB氏である。同氏は、後工程の研究開発拠点という限定された機能だが、TSMCが日本に拠点を置くことの意義は大きいことを指摘。これを機に日本での半導体産業を再興していくための具体的施策を提言している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト
半導体産業OB(はんどうたいさんぎょうOB)
某社リサーチャー
半導体産業OB(はんどうたいさんぎょうOB) 半導体産業をはじめとする電子産業全般で豊富な知見を持つ某ハイテクメーカーのOB。某国公認会計士でもある。現在は某社でリサーチャーを務め、市場の動きをつぶさにウオッチしている。
【質問1】TSMCが日本にR&Dもしくは生産の拠点を置くことによって、日本の半導体産業にはいかなるメリットが生まれると思われますか?
【回答】シニアパワーによる日本半導体産業復活の足掛かり

 ここまでの報道を見る限り、TSMCは、日本の前工程には見るべき魅力を感じておらず、後工程の開発拠点を日本に設立する方向で動いている。

 先日、内輪の飲み会でこの話題になったのだが、日本の半導体産業、特に前工程は学生が半導体を志向しなくなっており、若い人材が入ってこなくなりつつある。かつて日本の半導体産業を支えた、スキルと経験のある人材は、どんどん高齢化している。半導体前工程は、技術も人材も日本にはない、という話になっていた。TSMCが後工程の拠点しか設立しないというのは、日本の半導体産業のこのような現状を再認識させる上で、重要な一石を投じたことになる。

 そして、ここから日本の半導体産業の復活につなげていかないと、TSMCを誘致した意味がない。TSMC誘致のメリットは、まず、こうした現状を再認識させたこと。加えて、あと2つのメリットがある。

 まず、世界最大の半導体製造装置、材料のユーザーであるTSMCへの日本の装置、材料への売り込み。グローバルプレーヤーといわれている日本の装置、材料も、世界企業として洗練されているのは大手の一部に限られる。中小の企業は、英語で丁々発止、海外企業で営業競争できるだけの人材がそろっていない。このため、TSMCに十分に売り込みに行けていない企業も少なくない。また、TSMCにとっても、現在強化中のパッケージ技術で、日本の優れた技術力を持つ中小の材料・装置メーカーと協力関係を構築できる意義は小さくない。今後、TSMCと日本の装置材料業界の双方に互恵的な関係が構築できる可能性はある。

 もう1つは、TSMCの技術を吸収すること。TSMCの目的の1つは、日本の優秀な技術者の採用にあるはずで、逆に言えばそこに勤めた社員が、日本に技術を還流させるという効果が期待できる。ただ、TSMCが欲しいのはノウハウを持っている日本のシニアエンジニア層。ここは、中国が大学院生を米国ハイテク企業に就職させ、その後中国に帰国させて技術移転させる海亀作戦に倣いたい。若い学生を使った海亀作戦と違って、お年を召された、いつ天寿を全うしてもおかしくない年代までを含めたシニアエンジニアに頑張ってもらうので、作戦名は「鮭の遡上(さけのそじょう)作戦」としたい。