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 米中覇権争いが激化して以降、産業を支える戦略物資である半導体を自国で生産しようとする動きが活発化している。もともと半導体産業の育成に力を入れていた中国はもとより、生産を海外企業に委託して付加価値の高いチップ開発への注力を進めてきた米国も、自国での半導体生産を強化し始めた。そして、自国の半導体産業の衰退を食い止められなかった日本も、今さらながら半導体の生産に力を入れようとしている。いかにもその手始めとして進められたかのように見えるのが、今や世界をぶっちぎりでリードする半導体ファウンドリーとなった台湾TSMCの、日本への研究拠点誘致である。

 日本の半導体産業の再興・強化という目的に向けて、TSMCによる日本での研究開発拠点設立にどのような意義、利用価値があるのか議論している今回のテクノ大喜利。2番目の回答者は、服部コンサルティング インターナショナルの服部 毅氏である。同氏は、今や半導体産業における台湾と日本の力の差は歴然で、思慮深く行動しないと、わずかに残った日本の優位性も吸い上げられてしまう可能性があることを指摘している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト
服部 毅(はっとり たけし)
服部コンサルティング インターナショナル 代表
服部 毅(はっとり たけし) 大手電機メーカーに30年余り勤務し、半導体部門で基礎研究、デバイス・プロセス開発から量産ラインの歩留まり向上まで広範な業務を担当。この間、本社経営/研究企画業務、米国スタンフォード大学 留学、同 集積回路研究所客員研究員なども経験。2007年に技術・経営コンサルタント、国際技術ジャーナリストとして独立し現在に至る。The Electrochemical Society(ECS)フェロー・終身名誉会員。マイナビニュースや日経クロステックなどに、グローバルな見地から半導体・ハイテク産業動向を随時執筆中。近著に「メガトレンド半導体2014-2023」(日経BP)、「2桁成長光ファイバー・半導体」(毎日新聞出版eBOOK)、「有機EL・半導体バイブル」(毎日新聞出版eBOOK)、「半導体・MEMSのための超臨界流体」(コロナ社)がある(共に共著)。
【質問1】TSMCが日本にR&Dもしくは生産の拠点を置くことによって、日本の半導体産業にはいかなるメリットが生まれると思われますか?
【回答】メリットのみを期待する能天気ではいつの間にか身ぐるみはがされるだけ

 TSMCは、「日本には、前工程はもちろん後工程のファブも置く計画はない」と、2020年第4四半期決算発表の場(2021年1月14日)で同社トップが断言している。しかも、単独でのファブ進出はもちろんのこと、うわさされていた経済産業省との合弁の計画もないと念を押していた。これに加えて、TSMCは経産省が水面下で誘致活動を行ってきた半導体ファブの代わりに「3D IC材料技術のR&Dセンターを日本に設置することを検討しているが最終決定はしていない」とも述べていた。

 その後2月9日になって、TSMCは同日の取締役会の承認事項として「Approved the establishment of a wholly-owned subsidiary in Japan to expand our 3DIC material research, with a paid-in capital of not more than ¥18.6 billion」とだけ短い発表を行った。3D IC向け材料の研究拡大のため、日本に100%子会社を設立することを決定したという内容であり、その資本金は最大186億円を予定しているという。経産省の出資を受けずに単独で研究所を設立することを明言している。台湾メディアは、「投資計画は2021年後半に完了する予定である」が、TSMCは今回の発表以上の情報を明らかにしていないと伝えている。

 これに対して、日本のメディアは本件に関し尾ひれのついたさまざまな報道をしている。その多くは、経産省の願望に基づくリークを流しているとしか思えないようなものばかりである。例えば、一部メディアでは「中国が今後台頭してくるのをにらみ、日米の連携を深めて先端技術の開発を急ぐ」としているが、事実誤認の願望にすぎない。TSMCにとって中国は、有力顧客の多い将来有望な巨大市場である。南京のファウンドリー工場(TSMC Fab16)は現在フル稼働状態が続いており、隣接地に新たなファブの建設も検討されるなど、中国への取り組みを強化している。

 今回のTSMCの日本研究所設置は、「ライバルである韓国Samsung Electronics(サムスン電子)に対するリードを広げ、グローバルトップの地位を維持することが期待されている」という台湾当局関係者の見方の方が正しいだろう。TSMCは前工程での微細化だけではなく、後工程の「Fan Out Wafer Level Package(FOWLP)」技術でも世界の先端を走る企業であり、追いすがるSamsungと激しく競い合っている。

 TSMCに経済合理性皆無の前工程ファブ誘致を断られたから、それならせめて後工程だけでもということだったのだろうか。それもダメなら前工程研究所だけでも、それもダメなら安上がりの後工程研究所だけでもということで落ち着いたのだろうか。根負けしたTSMCが単なる付き合いで研究所に出資したのだろうか。どれだけの真剣さと必然性をもって日本にやってくるのだろうか。TSMCからの説明が全くない状態ではさっぱり分からない。

 後工程研究所建設は前工程ファブの1/100の予算で済むし、2021年のTSMCの設備投資予算280億米ドルの1/200にすぎない。日本では一部メディアが、以前から研究所設置場所は(経産省傘下の産業技術総合研究所などの研究施設の多い)つくばだと伝えていたが、ますます情報リーク元のうさん臭さを感じてしまう。日本半導体復興を鼓舞して設立されたが惜しまれもせず消えていったつくば本拠の「半導体先端テクノロジーズ(Selete)」を連想してしまう。あれは前工程の研究組織だったがその後工程版なのだろうか。

 今回の外資半導体メーカーの国内誘致策は、何をやっても成功しない国内半導体復興策がついに尽きてしまった経産省の一部官僚の願望から出た話の可能性が高い。しかし、同省電子機器担当課長の思い付きの「315億円ASPLA(先端 SoC 基盤技術開発)プロジェクト」(2002~2005年)を思い出してしまった。