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 今では覚えている人は少なくなったが、研究学園都市であるつくば市は、複数の外資系半導体メーカーが拠点を置く場所だった。1981年から2016年までは、米Intel(インテル)が日本法人の本社を置き、ここでは半導体や製造装置の試作品作りなどを行っていた。米Texas Instruments(テキサス・インスツルメンツ)は、1991年に米国以外では初となる研究開発拠点を置き、2009年までDSP(Digital Signal Processor)などの開発をしていた。その他にもASICメーカーの草分けである米LSI Logic(LSIロジック、現在同社の事業は米Broadcom(ブロードコム)に継承されている)が1995年から2005年まで前工程の工場を置いていた。ただし、そのいずれもが、研究学園都市というシリコンバレーを連想するつくばの特性を十分生かせないまま、日本での半導体産業の衰退とともに撤退している。

 今、台湾のTSMCが半導体後工程で使う材料の研究開発拠点を、つくばに置くといわれている。今回も、つくばという研究学園都市の地の利を生かした活動が期待されるというステレオタイプな論調が散見される。ただし、過去を振り返って、これまでの外資系半導体メーカーのつくば拠点での活動、さらには日本の研究機関や企業の取り組み方を熟慮して改善する必要があるのではないか。

 日本の半導体産業の再興・強化という目的に向けて、TSMCによる日本での研究開発拠点設立にどのような意義、利用価値があるのか議論している今回のテクノ大喜利。4番目の回答者は、MTElectroResearchの田口眞男氏である。同氏は、TSMCの日本での拠点設置を奇貨として、つくばを日本の半導体産業を再興するための拠点にすることを提言している。加えて、期待する効果を得るために改善すべきことも具体的に論じている。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト
田口 眞男(たぐち まさお)
MTElectroResearch 代表
田口 眞男(たぐち まさお) 1976年に富士通研究所に入社とともに半導体デバイスの研究に従事。1988年から富士通で先端DRAMの開発・設計に従事。メモリーセル、高速入出力回路や電源回路などアナログ系の回路を手掛ける。2003年、富士通・AMDによる合弁会社FASL LLCのChief Scientistとなり米国開発チームを率いてReRAM(抵抗変化型メモリー)技術の開発に従事。2007年からSpansion Japan代表取締役社長、2009年には会社更生のため経営者管財人を拝受。エルピーダメモリ技術顧問を経て2011年10月より慶應義塾大学特任教授、2017年4月より同大学の先端科学技術研究センター研究員。技術開発とコンサルティングを請け負うMTElectroResearchを主宰。
【質問1】TSMCが日本にR&Dもしくは生産の拠点を置くことによって、日本の半導体産業にはいかなるメリットが生まれると思われますか?
【回答】日本の半導体産業へのメリットは疑問だが、思わぬサプライズの可能性も

 賢明な経営判断だったのか、それとも安全第一にしか考えられなかったのか。日本の電機会社はEUV(極端紫外線)リソグラフィーに到達することなく最先端SoC(System-on-a-chip)の製造から撤退した。精密デバイスの製造こそ日本の基幹産業に適していると考えていた筆者は落胆した。

 それが、2020年半ばにTSMCが日本に工場を造る計画があるという報道があり、「おや?」とも思った。かつて半導体事業を切り離そうとした企業が、TSMCに工場の買収を持ち掛けたが実現しなかったことを知っていたからである。実際には、計画があるのは後工程の開発センターとのこと。日本にメガファブが存在する見込みはいよいよなくなったということのようだ。それならば割り切って新しい産業政策で、日本の成長戦略を構築しなければならない。

本命は前工程だが

 前工程と後工程、どちらも重要だが、前工程(ウエハー加工プロセス)は高度な製造技術の必要性と関連分野の広がり、そして投資規模の大きさから産業界へのインパクトはより大きい。ただし、体操競技のように高得点のワザが限られているので、突き詰めていくとどの企業も似たような構造のトランジスタや配線になってしまう。だからより早く習熟した者が勝つ、熾烈(しれつ)な開発と設備投資の競争になる。それを経営リスクとして避けてしまった日本は賢明だったのか、それともIT時代においての国防上の弱点をつくってしまったのか、判断は歴史がしてくれるだろう。

 一方、後工程は、いろいろ創意工夫ができる点が魅力だ。しかし、逆に回避手段も講じやすくビジネスとしての規模は相対的に小さい。だからGDP(国内総生産)に影響するほどの産業の柱とするには前工程の方が本命である。では、後工程のR&Dが日本にできたとして、どのような意義があるのだろうか。TSMCは後工程でも抜かりない技術開発をしている大企業である。これをチャンスとして生かさなくてはならない。以下、考えられるシナリオを挙げてみたい。