全3675文字
PR

 2020年10月、菅義偉首相が国会の所信表明演説の中で、50年までに二酸化炭素ネット排出量ゼロ(カーボンニュートラル)にするという政策目標を表明。経済産業省は21年2月22日に、脱炭素社会の実現に向けて企業の研究開発を支援する2兆円の基金の運営方針案を公表した。開発目標の達成度合いに応じて企業への拠出金を増額し、取り組みが不十分な場合は資金の返還も求めるという内容だ。

 日本政府の2兆円という脱炭素投資は、世界的に見れば極めて小粒な規模だ。欧州委員会は、コロナ禍で傷んだ経済を脱炭素社会に向けた投資によって立て直す、「グリーンリカバリー」と呼ぶ経済復興策の実施に向けて7500億ユーロ(約92兆円)の復興基金を設置。また、前政権では、脱炭素化には後ろ向きのように見えた米国も、バイデン新政権に代わり、4年で200兆円を超す規模の投資をして、35年までに電力の脱炭素化を目指すとしている。要するに現在表明している日本の脱炭素投資は2ケタ少ない。

 世界規模の脱炭素化の波に乗るため、日本の産業界が採るべき戦略・施策について議論している今回のテクノ大喜利。回答者は、先端知による持続可能な社会の実現に取り組んでいるX-Scientiaの古山通久氏である。同氏は、日本の脱炭素投資の少なさを指摘したうえで、せめて効果的に活用するための集中投資戦略の視点を示唆している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト
古山 通久(こやま みちひさ)
X-Scientia 代表取締役 / 信州大学 教授
古山 通久(こやま みちひさ) 文部科学省、復興庁、科学技術振興機構(JST)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、福岡市、化学工学会、電気学会などでエネルギー・環境に関連した各種委員を歴任。アカデミアにおいて、水素・燃料電池や蓄電池などの材料・デバイス・システムの観点から先端研究を実施すると共に、スタートアップの立場では環境・エネルギー分野における学術的先端知の社会実装に取り組む。2021年3月現在、マテリアルイノベーションつくば研究戦略企画部長、京都大学オープンイノベーション機構特定教授、広島大学先進理工系科学研究科客員教授を兼務。「Energy technology Roadmaps of Japan - Future Energy Systems based on Feasible Technologies beyond 2030(Springer社、2016)」を共同編集、「世界水素ビジネス 全体動向編(日経BP、2020)」では水素活用に関して分担執筆。
【質問1】脱炭素化に向けて、日本政府が真っ先に巨額投資すべき分野はどこだと思われますか?
【回答】たかだか2兆円の投資であれば、伸びしろが大きい分野へ

 菅義偉首相の脱炭素宣言以前から、重点分野への投資は確実に進んでいる。宣言があったからといって、対象となっている分野の重要性が大きく変わるわけではない。どの分野に投資すべきかという視点よりは、その規模をまずは論ずるべきだ。

 米国の100分の1、EUの50分の1という規模を見れば、日本政府が脱炭素化に向けて投じる2兆円という投資は少ない。第2、第3の矢として、数十兆円規模の投資を準備すべきだ。米欧の1~2%という限られた予算しか投資しない竹やりで戦うことを前提にするのであれば、これまで手厚い投資が行われてこなかった、伸びしろが大きい分野に集中投資する戦略をとるのが必須だろう。

 具体的には、スタートアップとシステム統合化技術が集中投資すべき分野として挙がる。これまで、スタートアップへの国の支援は、質量ともに十分とは言えない。既存の支援事業では1円単位での証憑(しょうひょう)書類、分単位での勤怠管理を求めるような補助事業もあり、その対応にスタートアップの貴重な時間を取られてしまう、という本末転倒な声も聞こえてくる。そのようなことを一切気にせず挑戦できるような運用への変革と合わせて、大きなパイを取りに行く挑戦を支援できる仕掛けが重要だろう。例えば、事業に投資するのではなく、新規事業に思い切り挑戦ができるよう経営人材の報酬を1年間保証する、など新たな目線での支援も面白い。

 日本の強みは素材・材料技術にあることはよく知られている。逆にこれまで、デバイスやシステムレベルでは初期市場を獲得できたとしても、その後には中国・韓国に市場を奪われてしまう事例が散見されてきたのも事実だ。近年では、材料レベルの耐久性が不十分なままでもデバイスやシステムレベルで社会実装を進める中国の勢いが増してきている。日本の強みである素材・材料とシステム化技術を一体推進できるような開発の在り方への支援が重要だ。

 システム化では、業種横断型の新規事業開拓の視点も重要になる。例えばカーボンリサイクルは、要素技術の開発と合わせ、業種横断の炭素チェーンを構築することにより初めて実現できる。各業界の目標を集め、トップダウンで優先順位をつけて重点分野を決定するようなアプローチよりは、業種と業種を掛け合わせることで何が生まれるのか、そのような視点が重要だ。さらには社会システムの在り方も含めた設計をする「将来のマップを描く場」を創成するための支援も重要だと言えよう。短期的ではなく長期的な体制をつくっていく骨太の投資が望まれる。