全5993文字
PR

 全盛期の米Intel(インテル)は、あらゆるパソコン(PC)メーカーが頭を下げて取り引きする、強大な力を持つサプライヤーだった。新製品にインテルが発売する最新CPUを搭載できなければ、消費者が見向きもしなくなってしまう。インテルには「お客様(ここではPCメーカー)は神様」という日本の常識が通用しなかったのである。時代は変わり、当時のインテルと同様の強大な力を持っている半導体メーカーは今や、台湾TSMCである。ファブレス半導体メーカーや独自チップを開発する機器メーカーは、同社に最先端ラインでチップを製造してもらえないと、競争力の高い製品を安定生産できない。

 しかも、かつてのインテルと比べて、現在のTSMCの方が付き合う上でよりやっかいな点がある。チップ調達を競う相手が、同業種の競合他社ではなく、異業種の企業であることだ。仮に、自動車メーカーが、CASE(Connected、Autonomous、Shared&Services、Electric)時代のクルマ作りに必要なチップを独自開発し、TSMCの最先端ラインで作りたいと考えたとしよう。同社に受託してもらうためには、スマートフォン向けやサーバー機向けなどのチップを製造委託するファブレス半導体メーカーよりも好条件で委託する必要がある。ピラミッド型産業構造の頂点に君臨することに慣れた日本の自動車メーカーにとっては、何とも苦々しい交渉となることだろう。

 市場環境の急激な変化による半導体不足に備えるための方策を議論している今回のテクノ大喜利。6番目の回答者は、立命館アジア太平洋大学の中田行彦氏である。同氏は、現在顕在化している半導体不足の素地となった構造的要因として、自動車業界と半導体業界の業界構造や商文化の違いに着目して分析した。さらに、非常事態の発生に際しても、半導体のサプライチェーンが混乱しないようにするための方策も提案している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト
中⽥ ⾏彦(なかた ゆきひこ)
⽴命館アジア太平洋⼤学 名誉教授
中⽥ ⾏彦(なかた ゆきひこ) 神⼾⼤学⼤学院卒業後、シャープに⼊社。以降、33年間勤務。液晶の研究開発に約12年、太陽電池の研究開発に約18年、その間、3年間、⽶国のシャープアメリカ研究所など⽶国勤務。2004年から⽴命館アジア太平洋⼤学の教授として、技術経営を教育・研究。2009年10⽉から2010年3⽉まで、⽶国スタンフォード⼤学客員教授。2015年7⽉から2018年6⽉まで、⽇本MOT学会企画委員⻑。2017年から⽴命館アジア太平洋⼤学 名誉教授・客員教授。2020年から名古屋商科大学非常勤講師。京都在住。
【質問1】コロナ禍が明けた後、現在の半導体不足の状態は解消すると思われますか?
【回答】スマートフォン、PC用半導体での解消は6月ころか。車載用は2021年3月19日のルネサス エレクトロニクスの工場火災で、21年度第2四半期以降にも影響し、最悪22年ころまで不足

 半導体不足には、3つの要因が重なる事態になってしまった(図1)。

図1 半導体の不足要因と不足解消時期
[画像のクリックで拡大表示]
図1 半導体の不足要因と不足解消時期
出典:筆者作成

 第1の要因は、21年2月中旬に米国南部テキサス州に寒波が襲来し、大規模停電が起こったとだ。スマホ用半導体など世界5%のシェアを持つ韓国Samsung Electronics(サムスン電子)の現地工場が停止した。また、車載用半導体1位のドイツInfineon Technologies(インフィニオン テクノロジーズ)と、同2位のオランダNXP Semiconductors(NXPセミコンダクターズ)の工場が停止した。これによって、スマートフォン、車載用半導体の両方に供給リスクが広がっている。インフィニオンは、生産が元の水準に戻るのは21年6月にずれ込むと発表した。

 2つ目は、コロナ後の中国自動車市場の急回復だ。一足先にコロナ禍から脱した中国の自動車市場は、20年4月以降に驚異的な急回復を見せる。自動車会社では、Just-In-Time(JIT)が浸透し、余分な在庫を持たない。しかし、半導体は、生産に要する時間が長い。材料のシリコンウエハーの投入から、完成品のチップになるまで、最低1~2カ月かかってしまう。このため、半導体は、早期に供給を急拡大するのは難しく、不足してしまった。

 3つ目は、21年3月19日に起こったルネサス エレクトロニクスの工場火災である。このルネサス火災は不足状況に追い打ちをかけているとともに、最も尾を引きそうである。ここからは、この火災を中心に、半導体不足の解消を予測する。

クリーンルームでの火災からの復旧には時間を要する

 ルネサスは、21年3月21日に、工場火災の発生経緯などの説明を、社長兼CEOの柴田英利氏などが行った。3月19日午前2時47分に那珂工場のN3棟(300mmライン)の一部工程で火災が発生し、同日午前8時12分ごろ鎮火した。火災の出火元は、めっき装置と特定された。出火原因は過電流の発生であり、一部樹脂系材料部分から引火して燃え広がったと考えられるという。

 この火災による焼損面積は600m2であり、N3棟1階のクリーンルーム1万2000 m2の内、約5%に相当する。焼損した装置は11台であり、N3棟の全製造装置の内、約2%に相当する。

 公表された写真を見ると、装置が焼け落ちて使用不能であり、クリーンルームの天井も焼け落ち、火災で生じたすすがクリーンルーム内に広範に飛散したと思われる。壊滅的な状態であり、工場の稼働再開のためには、装置の入れ替えや、装置とクリーンルームのクリーンアップ作業などを行う必要がある。すすなどの影響により使用不能になった装置は、当初発表の11台から3月30日には23台と調査が進むにつれて増加した。

 柴田英利社長は「全力を投じて、1カ月以内での生産再開を目指したい」と表明した。後日、火災前の出荷水準に回復するのに3~4カ月かかるとの見通しも明らかにした。

 ルネサスは、取引先など社外から最大1600人が支援に入って復旧を進め、21年4月9日午後9時ごろに除染作業を終え、4月10日にクリーンルームが復旧したと発表した。今後は、新たに購入する製造装置を確保し、早期に立ち上げできるというベストケースへの楽観的希望に期待したい。

 なお、21年3月30日の第4回の会見では、使用不能になった23台の製造装置のうち、11台は21年4月中に調達できる見込みだが、同年6月以降に調達がずれ込む想定の装置もあり、装置メーカーと協議中とも明かしている。

 ただし、既にウエハーテストなどに回っている仕掛品が1カ月分ほどあり、4分の3程度が無事とのこと。21年5月中旬以降には仕掛品の一部の出荷、6月中旬以降に残りの仕掛品を出荷するとしている。そして、6月末から7月中旬ごろ、火災前の製品出荷量に回復するとの見込みを示した。

 これらのことから、半導体不足の状態が解消する時期は、スマホ、PC用半導体については、21年6月ごろと予想される。しかし、車載用半導体については、3月19日のルネサス火災により、21年第2四半期以降も不足が発生し、最悪22年ごろまで不足する可能性がある。