全7259文字
PR

 日本を代表する老舗総合電機メーカーが、相次いで海外IT企業の買収に動いている。

 パナソニックは2021年4月23日、米Blue Yonder(ブルーヨンダー)の全株式を取得することを明らかにした。買収総額は、Blue Yonderの株式80%の追加取得や有利子負債の返済などで71億米ドルに達する。Blue Yonderは、人工知能(AI)を活用してサプライチェーンマネジメント(SCM)を可視化・自律化するツールを手掛けるベンダーである。今回の買収によって、Blue Yonderが保有する企業向けソフトウエアの開発力や事業展開力を活用し、B2B向けソリューションビジネスの強化を図るという。

 また、日立製作所は2021年3月31日、約1兆円を投じて米GlobalLogic(グローバルロジック)を買収すると発表した。GlobalLogicは、IoTによるデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援する、アジャイル開発に強みを持つエンジニアリング企業である。日立は、欧米を中心に製造業や通信、自動車、ヘルスケアなど多様な産業の顧客を抱えるGlobalLogicの対応力を生かして、自社のIoTプラットフォーム「Lumada(ルマーダ)」を、より広範な産業分野、国や地域へと展開していく目論見である。なお、6月23日付で日立の執行役社長兼COO(最高執行責任者)に就任する小島啓二氏は、中央研究所の所長時代にR&D体制を一新。Lumadaを推進した。

 今回の両社のM&Aは、日本を代表する総合電機メーカーによる、近い将来の事業の柱を確かなものにするための挑戦である。ただし、心配の種も尽きない。描く絵がどんなに正しく、美しくても、海外企業の買収で失敗しがちなのが日本企業だからだ。実際、両社が海外企業を巨額買収したことが報じられた際には、いずれも株価が下落した。

 今回のテクノ大喜利では、M&Aによって産業分野でのビジネス拡大に挑む老舗電機メーカーの勝ち筋と内在するリスクについて議論した。最初の回答者は東京理科大学大学院の若林秀樹氏である。同氏は、M&Aが成功する要因を明確に挙げながら両社のM&Aの内容を精査した。とかく、M&A下手を指摘される日本企業だが、成功に向けた勘所を学びつつあることを指摘し、刮目(かつもく)に値する成果が得られる可能性を秘めていることを指摘している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト
若林 秀樹(わかばやし ひでき)
東京理科大学大学院 経営学研究科技術経営専攻 教授
若林 秀樹(わかばやし ひでき) 昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年 野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、JPモルガン証券で日本株部門を立ち上げ、マネージングディレクター株式調査部長、みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日本経済新聞などの人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人半導体産業研究所諮問委員など。平成26年サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より、ファウンダー非常勤役員現職。現在、経済産業省の半導体デジタル産業戦略検討会議のメンバー、JEITA 半導体部会 政策提言タスクフォース 座長を務める。著書に『経営重心』(幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(洋泉社)、など。
【質問1】パナソニックや日立製作所による今回の買収を、どのように評価しますか?
【回答】日立はLumada関連事業の強化、ABBへ本社統合評価、パナソニックはPMIが鍵

 パナソニックと日立製作所のM&Aは、ほぼ同じタイミングで発表され、買収対象となった企業の規模や財務面の状況に共通点が多々ある。買収金額は1兆円弱と同程度、買収対象となった企業の業種もIT企業であり、売り上げもほぼ1000億円、EBITDA(税引き前利益に支払利息、減価償却費を加えた利益)の利益率も20%強とほぼ同等だ。目立つ違いは、1人当たり売り上げがGlobalLogicの市場の中心がインドや東欧で500万円程度であるのに対し、Blue Yonderは2000万円である点である。

 一見同じように見えるIT企業ではあるが、それぞれのビジネスの位置付けや目的、さらにはPMI(Post Merger Integration)の体制に関しては異なる。それゆえ、M&Aの成否に関しては、興味深い比較ができる(表1)。

表1 日立製作所とパナソニック、それぞれのIT企業買収の比較
[画像のクリックで拡大表示]
表1 日立製作所とパナソニック、それぞれのIT企業買収の比較
出典:筆者が作成

 M&Aの成否は、バリエーション(企業価値の算定)とPMIで決まるが、今回の両社の例では前者が同程度なので、後者の視点からみた際の違いが成否の鍵を握ることになる。結論から言えば、両社のM&Aを筋の良さで見立てれば、ここ数年、Lumadaを核に据えてIT分野などのM&Aで実績を積み上げてきた日立に軍配が上がるだろう。

 日立のM&Aの目的はLumadaの中でエッジ領域での組み込みソフト強化である。一方、パナソニックはBlue Yonderが保有するSCMのプラットフォーム「Luminate Control Tower」を使ったサプライチェーンマネジメント事業モデル導入だろう。むしろ、日立では、同時に発表された、ABBパワーグリッド(日立ABB)へ本社部門統合は並々ならぬ覚悟も想像され、こちらの方が重要だ。今回社長に就任する小島氏のリーダーシップの下、全社のDXとグローバル化が進む。