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 米Intel(インテル) CEOのPatrick Gelsinger氏が、同社のファウンドリー・サービスの拡充を目指す新戦略「IDM2.0」を打ち出した。この新戦略は、いわば台湾TSMCなどサードパーティーのファウンドリーと共生しながら、自らも先端チップの開発・製造をリードするIDM(Integrated Device Manufacturer)としての立ち位置を維持していくことを狙ったものだ。IDM2.0は、3つの取り組みを柱にしている。「大規模製造に対応するグローバルな社内工場ネットワークの構築」「サードパーティーファウンドリー活用範囲の拡大」「ファウンドリービジネス『Intel Foundry Services』の実践」である。

 近年の同社は、最先端製造技術において、TSMCや韓国Samsung Electronics(サムスン電子)と比較して技術開発と量産適用の両面で後じんを拝している。ただし、最先端チップの開発と製造でつまずいたとはいえ、Intelは現時点でも世界シェア1位の半導体メーカーであることに変わりない。その基本戦略の路線変更は、供給不足の常態化懸念、生産地域の集中による地政学的リスク、技術発展の不透明感など多くの難題を抱える半導体業界の技術開発トレンドや市場の発展に、少なからず影響を与えることだろう。

 今回は、IDM2.0が半導体業界の課題解決に及ぼす影響について議論した。最初の回答者は、Grossbergの大山 聡氏である。同氏は、米AMDや米NVIDIA(エヌビディア)など有力なファブレスメーカーが競合であるIntelに製造委託することは、たとえTSMCに地政学的リスクがあっても考えにくいと感じているようだ。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト
大山 聡(おおやま さとる)
Grossberg 代表
大山 聡(おおやま さとる) 1985年東京エレクトロン入社。1996年から2004年までABNアムロ証券、リーマンブラザーズ証券などで産業エレクトロニクス分野のアナリストを務めた後、富士通に転職、半導体部門の経営戦略に従事。2010年よりIHS Markitで、半導体をはじめとしたエレクトロニクス分野全般の調査・分析を担当。2017年9月に同社を退社し、同年10月からコンサルティング会社Grossberg合同会社に専任。
【質問1】IDM2.0によって、半導体製造技術の主導権がTSMCに集中する現在の状況が解消すると思われますか?
【回答】思わない

 長年にわたって半導体業界の王者として君臨してきたIntelは、設計技術と製造技術の双方においてNo.1の実力を維持してきた、と言っても過言ではないだろう。同社でなければできない設計や製造ノウハウがあり、それがパソコン(PC)市場を支えてきたわけであり、PCメーカー以上にPCを熟知していることが同社の強みでもあった。同社がIDMとしてズバ抜けた設計技術と製造技術を持っていなかったら、今日のようなPC市場が形成されたかどうかは極めて疑わしい。それくらい同社の技術力は卓越していた、と筆者は思っている。

 しかし一方で、同社はPC以外でのアプリケーションにおいて成功事例が極端に少なく、卓越した設計技術や製造技術をさまざまな用途に展開することができていない。例えば製造装置メーカーの人に言わせれば、同社の製造技術には極端なこだわりがあるそうだ。「さすがはIntelだ」と感心させられる面と「無用なこだわりではないか」と思われる面があるという。

 PCやサーバーなどのコンピューティングエンジンに関連した技術は豊富に持ち合わせているものの、それらを他のアプリケーションに展開するのが苦手なのが同社の特徴だと考えると、ファウンドリーメーカーとして幅広いアプリケーションに対応しているTSMCとは必然的にすみ分けができそうに思えてくる。

 では、マイクロプロセッサーやGPUを主力製品とするNVIDIAやAMDは、TSMCよりもIntelの製造技術を活用した方が良いのだろうか。仮に理屈ではそうだとしても、Intelにしてみれば自社の競合に製造技術を提供することになる。Intelはそれを良しとするのかはなはだ疑問であり、NVIDIAやAMDも競合であるIntelに製造を委託することに抵抗を感じて当たり前であろう。

 これは今に始まったことではなく、IDMがファウンドリー事業を展開することでこのような問題が生じる事例は、過去にも多く存在する。TSMCがファウンドリーとして大きな成功を収めているのは、優れた製造技術を持っているからだけではない。自社ブランド製品を持たないことで、顧客とは絶対に競合しないという安心感を与えていることも大きな要因である。

 IntelがIDMとして今後どのようにファウンドリー事業を展開するのか、それによってこの設問に対する回答は影響を受けそうだ。しかしあえて「製造技術の主導権がある程度分散できるか」と問われれば、そういう事例も発生し得るが、TSMCに需要が集中する状況が大きく変わることはないと筆者は考えている。