全5305文字
PR

 現在の半導体業界では、最先端のファブレスメーカーのチップの製造を一手に引き受けるTSMCの存在感は、あまりにも大きい。まさに半導体業界の覇者の立場にあると言えよう。ただし、一時代を築く覇者は、その次代の環境に最適化した優位性を身につけたからこそ他を圧倒することができるのであって、環境が変われば優位性は一転して劣位性へと変わってしまう可能性がある。まさに、設計と製造を1社で担うIDMの強みでパソコン(PC)用マイクロプロセッサービジネスで圧倒的地位を築いていた米Intel(インテル)は、強者が弱者へと転落する可能性が常にあることを、身をもって示した企業だと言えよう。TSMCといえど、明日は我が身かもしれない。

 Intelが半導体業界での主導権奪還を目指して打ち出した新戦略「IDM2.0」が、半導体業界の今後に与える影響について議論している今回のテクノ大喜利。2番目の回答者は、東京理科大学大学院の若林秀樹氏である。同氏は、「Mooreの法則」の効力が薄れ、ノイマン型コンピューターの進化の伸びしろが目減りしてきている現在、将来を見据えるとファウンドリーを活用した水平分業型の半導体の業界構造が必ずしも最適解ではないことを指摘。そうした中で、Intelが打ち出す新たなIDM戦略には、主導権奪還の可能性があることを示唆している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト
若林 秀樹(わかばやし ひでき)
東京理科大学大学院 経営学研究科技術経営専攻 教授
若林 秀樹(わかばやし ひでき) 昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年 野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、JPモルガン証券で日本株部門を立ち上げ、マネージングディレクター株式調査部長、みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日本経済新聞などの人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より、ファウンダー非常勤役員現職。現在、経済産業省の半導体デジタル産業戦略検討会議のメンバー、JEITA 半導体部会 政策提言タスクフォース 座長を務める。著書に『経営重心』(幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(洋泉社)、など。
【質問1】IDM2.0によって、半導体製造技術の主導権がTSMCに集中する現在の状況が解消すると思われますか?
【回答】多少は解消するが、後工程が重要になる中で変化

 Intelは、2010年ごろにファウンドリービジネスに参入した。ただし、このビジネスで想定したような成果を得られなかっただけでなく、中核ビジネスであるマイクロプロセッサービジネスでも米AMDの躍進を許してしまった。

 ファウンドリービジネスをリードしているTSMCとの差は、(1)通信やゲームなど多様なファブレスユーザーからもたらされる応用市場に関する情報量、(2)デバイスライブラリーの提供、マスク製造の迅速な対応、受注量の変動に柔軟対応できる製造キャパシティーなど受注体制と、その中で自社と顧客の調整に問題を抱えていたこと、(3)過去の製造技術のレシピを堅持する「コピーイグザクトリー」を重視する中で新規プロセスの導入に迅速性と柔軟性を欠いたこと、などが挙がるだろう。メモリーが中心でもあり、IDMメーカーである韓国Samsung Electronics(サムスン電子)が相対的にファウンドリーで健闘していることを考えれば、上記のうち(3)が、同社がファウンドリーで成功できなかったより本質的な理由なのではないか。

 今回Intelが発表したIDM2.0では、(a)大規模製造に対応するグローバルな社内工場ネットワークの構築、(b)サードパーティーファウンドリーの活用範囲の拡大、(c)「Intel Foundry Service(IFS)」の立ち上げという、3つの施策を実践するのだという。だが、(a)と(b)は既に多くの会社が導入している施策であり、当然の対応だと言える。しかも、(a)はコピーイグザクトリーの維持を再確認した施策であり、自社技術でロードマップを描き、標準化することによって業界をリードするという技術哲学が見て取れる。その点では、顧客と共創し、カスタマイズしていくファウンドリー本来の思想とは相いれないだろう。

 このコピーイグザクトリーにこだわる以上、多様なニーズや装置メーカーの新技術提案をいち早く導入することはできず、ファウンドリービジネスの拡大は容易ではないだろう。ただし、半導体製造技術での復権に関しては、十分に可能だとみている。

 半導体製造技術を、微細加工、すなわち「More Moore」の軸だけで考えると、主導権は依然としてTSMCに集中する。しかしながら、製造技術における進化軸は、もはやMore Mooreの軸である微細加工だけではない。「More than Moore」の3D化や後工程パッケージなど、多様な発展の軸が出てきている。

図1 半導体の2つの進化軸
[画像のクリックで拡大表示]
図1 半導体の2つの進化軸
出典:筆者が作成

 前工程だけでも、NAND型フラッシュメモリーに代表される3D化、DRAMではキャパシター形成など、アナログパワーでは、イオン注入や分子線エピタキシー法(Molecular Beam Epitaxy:MBE)など多様な要素がある。過去、東芝のメモリー部門の買収騒動で買い手としてTSMCがうわさされたことがあったが、3D化技術に関心があったのではないか。また、後工程では、注目されている3Dパッケージ技術や、ソニーのCMOSイメージセンサーでのCu-Cu接続、裏面研磨などもある。今後、カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みが重視される中では、アーキテクチャーとの区分が難しいが、配線形成その他、多くの新技術が必要になる。こうした後工程技術のIntelのレベルは相当高いとみてよいだろう。

 ロジックでは、ファウンドリーモデルが中心となったが、メモリーやセンサー、アナログパワーではファウンドリーが少なく、IDM中心の製造技術の中で微細化以外の要素の付加価値が大きい。

図2 IDMはファウンドリーよりも微細化以外の進化軸への対応に適している
[画像のクリックで拡大表示]
図2 IDMはファウンドリーよりも微細化以外の進化軸への対応に適している
出典:著者が作成

 今後、微細化の限界が近づく中で、製造技術の付加価値が、微細化のMore Mooreから、More than Mooreの方向へとシフトしていく。カーボンニュートラル優先のチップ開発も、製造のあり方を変える。アーキテクチャーも、ポストノイマンやメモリー中心のアーキテクチャーを検討していくなかでは、ロジックのプロセスに特化してきたTSMCよりも、メモリー、アナログパワー、センサーなど豊富や技術を保有して、組み合わせで提供できることが求められるようになる可能性もある。

 ファブレスとファウンドリー、さらには製造装置メーカーや材料メーカーの間での業界構造のせめぎ合いもある。ファブレスが競争環境で、ファウンドリーが寡占的であれば、ファウンドリーが相対的に強くなる。ファウンドリーではTSMCの存在感が高まり、装置業界では米Applied materials(アプライド・マテリアルズ:AMAT)や東京エレクトロンの存在感が高まるが、今後はファウンドリーと装置業界で、どちらが寡占的かによっていずれが優位かが決まる。TSMCの優位性が継続するかどうかは、AMATに集中する装置メーカーとの関係や、ファブレスの豊富なユーザー、さらにはEDAも考慮して考えなければならない。

図3 製造技術開発の主導権は同様に寡占的立場にあるファウンドリーのTSMCと製造装置のAMATもしくは東京エレクトロンのせめぎ合いに
[画像のクリックで拡大表示]
図3 製造技術開発の主導権は同様に寡占的立場にあるファウンドリーのTSMCと製造装置のAMATもしくは東京エレクトロンのせめぎ合いに
出典:筆者が作成