全8861文字
PR

 1980年代の日本の半導体産業の黄金期、半導体は「産業のコメ」と呼ばれ、コンピューター産業や家電産業の競争力を支える重要製品とされた。半導体不足を契機に戦略物資としての半導体の価値が再認識された現在も、その位置付けは全く変わっていない。ところが、黄金期から現在に至る過程では、産業のコメは、穀物の先物相場のように価格が激しく浮沈する不安定な市場に翻弄され、また、そこでの急成長をもくろむ新興勢力との競争に敗れ、日本ではいつしか半導体を厄介者であるかのように扱っていた時期があった。

 日本で半導体産業の再興が期待されるようになった現在でも、半導体という工業製品、さらには半導体産業の本質的な特性は変わらない。日本企業は、今こそ、かつて一時代を築いた日本の半導体産業がなぜ衰退したのか、キッチリと消化しておく必要があろう。

 これまで一時代は築くものの、世界での競争力を長期にわたって維持できない例が多かった日本の電子産業が、長期覇権体制を維持するための方策を議論している今回のテクノ大喜利。6番目の回答者はMTElectroResearchの田口眞男氏である。同氏は、日本の半導体黄金期に、富士通にて、中核製品であるDRAMの設計者だった。そして、もちろんその後の衰退期の渦中にも身を置くことになった。日本の半導体産業が衰退した理由に関しては、様々な説がある。同氏は、現場のド真ん中の視座から見た衰退の理由を分析。そして、日本企業が長期にわたって強みを発揮し続けるための方策を論じている。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト
田口 眞男(たぐち まさお)
MTElectroResearch 代表
田口 眞男(たぐち まさお) 1976年に富士通研究所に入社とともに半導体デバイスの研究に従事。1988年から富士通で先端DRAMの開発・設計に従事。メモリーセル、高速入出力回路や電源回路などアナログ系の回路を手掛ける。2003年、富士通・AMDによる合弁会社FASL LLCのChief Scientistとなり米国開発チームを率いてReRAM(抵抗変化型メモリー)技術の開発に従事。2007年からSpansion Japan代表取締役社長、2009年には会社更生のため経営者管財人を拝受。エルピーダメモリ技術顧問を経て2011年10月より慶應義塾大学特任教授、2017年4月より同大学の先端科学技術研究センター研究員。技術開発とコンサルティングを請け負うMTElectroResearchを主宰。
【質問1】長期にわたってビジネスの強みを維持できない、日本企業の本質的な弱みがあるとすると、何だと思われますか?
【回答】ビジネスモデルのイノベーションができない日本全体に蔓延(まんえん)する保守性

 市場を席巻していた日本企業の事業、または企業そのものが、まさかの凋落(ちょうらく)をしてしまった例がいくつもある。お家芸と言われた家電や、3G時代にはiモードとカメラや多数の便利機能の搭載で世界の先頭を走っていた携帯電話、パソコン、液晶や有機ELディスプレー、DRAM、そして何年も前から指摘され今更ながら大問題になっている先端SoC製造などである。それぞれが凋落(ちょうらく)した直接的原因は同じではないように見えるし、それぞれの環境固有の課題を抱えての経営なので、単純に経営者の責任を問うだけでは問題解決につながらない。

 日本企業が不調に陥る原因の背後には、以下のような状況があるように思う。

(1)日本企業のビジネスは利益率が低いことが多く、経営資金が限られ、選択と集中をせざるを得ず、その中で誤った選択をしてしまう。特に総合電機のように多数の事業を行っていると半導体のような金食い虫は嫌われる。
(2)日本企業には、莫大な金を投じて世界市場を席巻するよりも、特定市場で手堅く商売をする経営マインドがある。コスト競争を挑まれた際の対応策となるビジネスイノベーションが貧困。
(3)経営者(幹部社員)には、経営戦略にたけた人というよりも、社内の競争に勝ち残った人、声が大きい人、営業や技術にたけていても経営が得意とは言えない人などが結構いる。たとえ、資質に問題があったとしても、人事は別の力、論理で決まる可能性がある。

 これらの事象に関して少し掘り下げてみたい。

利益率

 日本企業の利益率が低い原因は、複数ある。特に半導体においては、サプライチェーンに主従関係が内在し、購買力の強い顧客に値切り倒されてしまうことが挙げられる。商品にもよるが、同類のサプライヤーが何社かあると、徹底的に価格競争させられてしまうことが主従関係を助長する。

 また、人材の調達と配置は、毎年ほぼ一定の数の新卒者を採用し、人事部が配属先を決める。このため、本当に人手を必要とする部門では不足し、必ずしも人を増やさなくても済むはずの部門では人余りになり、人件費が高くなることも指摘されている。ただし、OECD(経済協力開発機構)35カ国中で22位という賃金水準なので OECDの主要統計「平均賃金 (Average wage)」のページ 、いまや人件費が低い利益率の主因になっているとは思えない。

 DRAMビジネスの場合、1980年代前後の日本が市場を席巻していた時代には、主なサプライヤーが日立製作所、NEC、東芝、富士通など多数あり、常にトップが入れ替わる小国乱立状態だった。量産効果が競争力の源泉であるにもかかわらず、複数メーカーによって市場が細分化され、生産規模が追求できなかった。しかも、シリコンサイクルの影響を受けて赤字と黒字の繰り返しはつきものだった。

 そんな日本企業の状況を横目に、タイミング良く大工場を作ってシェア拡大に邁進(まいしん)した韓国Samsung Electronics (サムスン電子)にコストで負けてしまった。日本企業は、慎重で中途半端な投資をした上にタイミングも最適ではなかった。

 日本のDRAMビジネスは、過剰品質で負けたという説もある。しかし、64Mビットまたは256Mビット品以降では海外メーカー製も品質には大きな差はなく、実際、ある日本のメーカーの大型コンピューターには自社製品ではなく、海外製DRAMが採用されていたくらいである。従って過剰品質はあったとしても、日本メーカーだけが衰退する原因にはならなかった注1)。メーカー間ではなかなか話し合いは進まないので、国が指導してサプライヤーを統合する、つまりエルピーダメモリを10年早く作っていれば事態は違っていたかもしれない。