事業でもうけた資金を、増産に向けて再投資する。拡大再生産と呼ばれるビジネスを大きく育てるための手法は、中学校の教科書にも載っている。もうかった事業ならば成長する可能性が高く、資金の余力を生産力を増強する設備投資に回せばもっともうかるという話だ。
ただし、多くの競合企業が激烈な市場の奪い合いをしている現実の事業環境では、もうかった資金を、もうけた市場と同じところに、矢継ぎ早に投じただけでもうけが広がるほど単純ではないようだ。そんなガチガチの定石を守るだけなら、競合にたやすく対策を取られてしまうことだろう。それでも勝てると考える企業があるとすれば、横綱相撲を取れる圧倒的な力を持つ企業か、よほど自社が置かれる状況を客観視できない企業かのいずれかであろう。
これまで一時代は築くものの、世界での競争力を長期にわたって維持できない例が多かった日本の電子産業が、長期覇権体制を維持するための方策を議論している今回のテクノ大喜利。7番目の回答者は立命館アジア太平洋大学の中田行彦氏である。同氏は、日本企業が陥りがちな戦略的思考の欠如を深掘りし、長期にわたる強みを確立できない理由を考察した。
立命館アジア太平洋大学 名誉教授

日本の電子産業は、半導体や液晶ディスプレー、太陽電池に代表されるように、一時期には強い競争力を誇っていたが、急激に競争力を低下させてしまった。その原因は、戦略的思考に弱みがあるからだと思っている。
プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(Product Portfolio Management:PPM)と呼ぶ経営分析ツールがある。PPMは、多様な事業を「市場成長率」と「相対的市場シェア」の視点から4つに位置付けして、経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報など)の配分を決定する際などに利用する(図1)。
4つの位置付けのうち「問題児」は、市場成長率は高いがシェアが低い事業のことを指す。ほとんどの新規事業がここから始まり、ここでビジネスを営む人には起業家精神が必要になる。「花形」は、成長率が高い市場で高いシェアを持つ勢いのある事業である。問題児から花形へと移行させるためには積極投資が重要である。「金のなる木」は、かつては花形だった事業で、成長の鈍化した市場であっても最大の相対的市場シェアを維持することで成立する、収益率の高い事業だ。ここで得られた資金は、問題児である社内外のベンチャーなどに投資して、新規事業へと育成する。問題児の中から花形になる可能性を見抜くためには、「目利き」の力が重要になる。
戦略的思考は、図1に示すように、新規事業を立ち上げる「起業家精神」、導入期から成長期に移行する際の「積極投資」、そして問題児の中から花形になる可能性を見抜く「目利き」からなると考えている。
積極投資については質問2で、目利きは質問3で述べるので、ここでは起業家精神について述べたい。
スイスに拠点を置くビジネススクール国際経営開発研究所(IMD)は、毎年IMD世界競争力年鑑を発行している。ここに記されたデータを基に、日本の各項目のランキングをまとめたものを図2に示す。日本の強みは、国内総生産、従業員トレーニング、1人当たりの研究開発費や特許出願数である。しかし、たとえランキングの集計に用いた国数が増加したとしても、常にほぼ最下位の順位に張り付いている弱みがある。語学技能、そして起業家精神である。
日本的経営では、終身雇用制が広く採用され、企業内で新規事業を拡大し、企業内で昇格していくことになる。この終身雇用制は、企業に対する忠誠心が高くなるメリットがあるものの、起業家精神を育成できない点がデメリットとなる。
しかし、企業内で新規事業を起こすのにも、当然、起業家精神が必要不可欠である。
かつて筆者は、米国シリコンバレーなどで、多くのベンチャーの事業を目利きし、日本に移転する仕事をしていた。また、スタンフォード大学客員教授として、多くの太陽電池ベンチャーを調査した。その際に目にしたベンチャーを起業する人々が起業家精神にあふれエネルギッシュに活動していたのに、感銘を受けたものだ。逆に言うと、起業家精神の欠如が日本の1つの弱みであり、改善が必要だと思っている。