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 毎年のように話題になる大学生の人気就職先ランキングなどを見ると、「人というのはつくづく目先の勝ち馬に乗りたがるものだ」としみじみと思う。景気がよい時代にはいかにも勢いがあるように見える企業が並び、不景気になると公務員が上位に挙がるようになる。ただし、大学生が社会人となり、バリバリの一線級として活躍するようになるころには、かつての人気就職先が凋落し、時代の最先端を行く業界・業種で深刻な人材不足が顕在化してきたりする。

 30年前には理工系学生の人気就職先だった日本の半導体メーカーが、斜陽企業とみなされる時代になった。かつて人気就職先の席を争って勝ち抜いた多くの人材は、後輩に培った知見やスキルを伝えることもなく、他部門に配属されたり、他社に転職していった。ところが、皮肉なもので、そうした人材が根絶やしになる寸前の今になって、半導体再興や自動車業界での電子化などに携わる人材が必要になってきている。

 電子産業で技術畑のシニア人材を活用する意義と採るべき方法について議論している今回のテクノ大喜利。4番目の回答者は、東京理科大学大学院の若林秀樹氏である。同氏は、かつての花形産業の遺産を再び求めるようになった時代の機運を指摘し、そこに電子業界のシニア人材の活躍の場があるとしている。そして、シニアが効果的かつ気持ちよく働ける環境として、「シルバーソニー」や「シルバー日立」といった知的遺産を商品とする企業が成立する可能性を示唆している。

(記事構成は伊藤 元昭=エンライト)
若林 秀樹(わかばやし ひでき)
東京理科大学大学院 経営学研究科技術経営専攻(MOT) 教授
若林 秀樹(わかばやし ひでき) 昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年 野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、JPモルガン証券で日本株部門を立ち上げ、マネージングディレクター株式調査部長、みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日本経済新聞などの人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より、ファウンダー非常勤役員。平成29年より、東京理科大学イノベーション研究科教授。平成30年より現職(MOT)。現在、経済産業省の半導体デジタル産業戦略検討会議のメンバー、JEITA 半導体部会 政策提言タスクフォース 座長を務める。著書に『経営重心』(幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(洋泉社)、など。
【質問1】いま、電子産業出身のシニア人材の活躍に対する期待が、特に高まっている産業・業種はどこだと思われますか?
【回答】農業や地方自治体など、IoT活用で伸びしろが期待できる産業

 近年、年賀状などの挨拶を読むとしみじみ思う。60歳を超えると、技術者や研究者として活躍していた同級生(精密機械工学)や、かつてアナリスト時代に世話になった業界関係者も、さすがに現役で活躍している方は少なくなってくる。大学の同窓会名簿を眺めても、先輩方には空欄が増え、所属も有名大企業の研究所や事業部門の最前線から一歩退き、顧問や名誉教授などが増えてきた。

 日本では、65歳までは雇用延長があるが、シニア人材を60歳以上と定義すると、この年齢を境に立場が激変することを実感する。確かに、60歳どころか80歳を過ぎても昔と変わらず、生き生きと、新技術や電機業界の経営について議論し、新しいことに好奇心が旺盛な方も多い。それでも、大勢の話題は学生時代の昔話や、孫と趣味と病気だったりする。

 それゆえ、転職すると伝え聞き、後日メルアドで新しい連絡先を知ってその意外感に驚き、今なお活躍されている例を目にすると特別印象に残る。その方は、IoT分野では知る人ぞ知る存在であり、新規事業を立ち上げた経験もある明るい人柄であり、出て行かれた企業にとっては大きな損失だろう。その他、起業した人の例もあるが、こちらの場合は、言われれば、さもありなんと想像がつく場合が多い。

 現在、筆者は、専門職大学院技術経営専攻(MOT)の教員として社会人学生に接している。その内訳は、技術系が6割、製造業関係者が半数、平均年齢43歳である。その半数が40代、50代は10%強となる。MOTで付加価値をつけた後に転職、起業する者はMOTのOBにもいるが、まだ少数派だ。ゼミのOBにはリクルートに在籍している者もおり、授業や懇親会の中で技術者の転職について話題になることが多い。

 異業種や海外からの参入、DX(デジタルトランスフォーメーション)やCASE(Connected、Autonomous、Shared&Services、Electric)化の中で、エレクトロニクスやIT、半導体のエンジニアへの需要は強いようであり、年齢層が高いこともマイナスにはならなくなってきたようだ。人材不足の日本のIT業界では、SIerに7割のSEがおり、ユーザー側には3割しかいないという。米国と真逆の人材偏在問題があり、今後はSEの人材シフトが起こるだろう。中小企業や中小の地方自治体や介護業界、NPO法人などでは、技術者だけでなく、管理や英語についての能力がある人材も不足している。

 技術者の転職先として、大学は、昔からメジャーな分野だ。最前線で著名な研究者の場合は、大学からも引く手数多であろう。最近は、定年退職後の活躍の場として、MBAやMOTといったビジネススクール、専門職大学院が注目されているようだ。教員採用の立場では、製造業の現場や研究部門で活躍した技術系実務家教員は欲しいのだが、60歳を境に需給バランスが激変する。大学の65歳定年から実稼働を逆算すれば、50歳代前半の人材が欲しい。しかし、ほとんど供給が無く、60歳を超えると一気に供給が増える。それでも、欲しい人材は採用しなければならない。そういう人に限って、意外な就職先を他に見つけてしまいがちだ。

 こうした知己や同級生の幾つかの実例や、リクルートの社員、大学の採用側責任者の立場を通じて、いわば「金の卵」ならぬ「銀の卵」の意外な活躍の場を挙げてみたい。

 業界で言えば、第1に食品、農林水産など一次産業、第2に起業、第3は専門職大学院など教育機関、第4は地方自治体などだろう。職種で言えば、研究や技術開発というより、人間性やコミュニケーション能力、バイタリティーを生かして、何でもこなしている印象だ。一口に、エレクトロニクスといっても、研究、開発、設計、SE、生産管理、品質保証、さらに新規事業経験など、さまざまだ。生産管理や品質保証などは潰しが利き、横展開が可能であり、IT化が遅れている業種では、大いに役立つだろう。

 かつては、エレクトロニクス業界から、アナリストなど、金融業界への転職は意外な例だったろう。他業界からでは、鉄鋼大手の工場長出身者が同業界の担当アナリストへ、医薬品の研究所長から医薬品のトップアナリストになって活躍した例もあった。しかし、今は、知識だけでは差異化できず、難しくなってきたようだ。